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2007年12月30日(日)
光陰矢のごとし。今年も残るところ後一日になった。
この一週間、広島支社の年賀状づくりやホームページのリニューアルに追われたので、『源氏物語』の現代語訳もその間中断してしまった。新年からまたせっせと訳していかなければならない。
私の戯曲『源氏物語』の第一部は、幼くして母を亡くした紫式部が、じぶんを主人公の光源氏に重ね合わせて、母なるものを紡ぎだす物語であり、それは劇中劇の世界では、光源氏にとって、藤壺の宮の面影が無意識の底では紫の上の存在と矛盾しなくなるところで完結する予定だが、今年はそこまで訳せなかった。来年はせめて二十帖くらいまでは訳し終えておきたいものだ。
これまで『源氏物語』の原文を読んできて、わたしの琴線に特に触れてきた人物は若紫である。この少女が登場するシーンを作者の紫式部はとても丁寧に描きこんでいるので面白いし、演劇化してみたいという興味をそそられる。
おそらくこの演出日記も今年はこれで最後だと思うので、若紫の名場面を紹介して筆を納めることにしよう。
灯りをともして、絵などをご覧になっていると、外出すると言っていたので、供たちが咳払いをして、
「雨が降りそうです」
などと言うので、姫君は、いつものように、心細くなってふさぎこんでしまわれる。絵を見るのもやめて、うつ伏していらっしゃるので、(源氏の君は)とてもいじらしくなって、ふさふさとこぼれかかっている髪を撫でられて、
「(わたしが)いないと寂しい?」
と言われると、(姫君は)うなずいていらっしゃる。
「わたしも、一日だって会えないのはとっても苦しいよ。だけど、(あなたが)小さいうちは安心できるから、とりあえずひねくれた嫉妬深い人の機嫌を損ねないように、面倒くさいけどしばらくはこうして出歩くしかないんだよ。(あなたが)大人になったら、よそへは絶対に行かない。人に恨まれないようにしてるのも、長生きして、(あなたと一緒に)気ままに暮らしたいからだよ」
などと、こまごまと話して聞かされると、(姫君は)さすがに恥ずかしくなってなんともおっしゃれない。そのまま(源氏の君の)膝に寄りかかって眠ってしまわれたので、(源氏の君は)ひどく心苦しくなって、
「今夜は出かけない]
と言われると、(女房たちは)みな座を立って、お膳などを運んできた。(源氏の君は)姫君を起こされて、
「出かけないことにした」
と言われると、(姫君は)機嫌を直してお起きになる。一緒に食事をされる。(姫君は)ほんの少し箸をつけられただけで、
「じゃあ おやすみなさい」
と まだ安心できないようなので、(源氏の君は)
〈こんな可愛い人を見捨てては、たとえ死出の旅路でも出かけられない〉
と思われる。
この場面で若紫は、少女から大人の女の領域へと移行しつつある。それを作者である紫式部は、若紫に
「じゃあ おやすみなさい(原文は「さらば寝たまひねかし」)」
と、ひと言言わせるだけで表現した。これがまさに演劇的であり、作者の人間心理を知悉した表現の深さといっていい。 |
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