THE WORLD OF THE DRAMA 演劇の世界
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三澤憲治の演出日記
◇俳優歴13年、演出歴19年の広島で活動した演出家、三澤憲治の演出日記 三澤憲治プロフィール
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2006年7月24日(月)

秋元松代『常陸坊海尊』 
 この作品は海尊伝説を下敷きにしている。つまり、自分は常陸坊海尊の成れの果てであると名乗る琵琶法師が、東北の町や村を流浪しながら、義経の武勇を語り、自分はその義経を裏切って逃亡した卑怯者であると幟悔物語をしたという話を基にしている。この海尊伝説は、義経の戦死から、それほど遠くない時から発生し、江戸時代の末頃まで、海尊と名乗る旅の琵琶法師は生き続けていたようである。中には一箇所に定住した海尊もいるし、生れ変りだと称した海尊もいたようで、時代と共に変貌し修飾されたようである。作者も作品の初版本のあとがきでつぎのように述べている。

 東北地方には古くから常陸坊海尊という仙人が実在したという伝説がある。それは仙人海尊に現実に対面したという形で、久しい時代に亘って語り継がれてきたのである。こうした仙人実在説話は、東北地方と限らず、日本のいたるところに存在し語り継がれてきたのである。巡遊する和泉式部、俊寛と有王丸、曽我兄弟の母と妻たちなど、流浪の「貴人」たちは民衆の家々を訪ね歩いたらしい。それを支えたものは何かと言えば、素朴な民衆の、生活の喘ぎと、寄る辺ない魂の哀しみと、日本人の優しさと浪漫性ではないだろうか。私はそのことに思いが至ると、不思議なほど心があたためられ安らぐのだった。
 このテーマはもう四年ほど前から、しきりに私に働きかけてやまなかった。二度、東北を旅行して、ますますこのテーマに愛着し、そのあいだに、海尊は私の中で徐々に成長して行った。そして海尊は時と共に変貌しながら、存在をつづけて行くものだと考えるようになった。私もどうやら海尊に対面したらしい。

 このように
秋元松代が、常陸坊海尊という人物と民衆との結びつきに創作意欲をかられて書き上げたのが『常陸坊海尊』である。
 まずこの作品は、私たちのよく知っている歴史的な時間軸に、伝説の時間軸をさり気なく入れ込み、それによってその生活を息づかせている手法が衝撃的だ。しかも、この常陸坊海尊はいわゆる〈英雄〉ではなく、〈裏切り者〉だ。歴史の転換期になると必ず、この〈裏切り者〉の名が呼びさまされ、それがわが身をなげきながら村女を巡るという構図は、我が国の風土のありようを確かめる上でも、重要な手がかりとなるものである。
 わたしたちの知っている「義経伝説」の、最も有名な登場人物は、武蔵坊弁慶だが、弁慶ならそんなことはしないだろうが、海尊ならば「推参ながら」と言って我々の門口に立つかもしれない。
 さてこの劇の圧巻は、
終幕の幕切れ寸前の場である。
 戦時下。東京からの集団疎開児童であった啓太と豊は、イタコのおばばと孫の雪乃に出会う。二人はこの美しい娘に惹かれる。啓太は母の面影をおばばに見る。15年後の戦後、豊は30歳に成熟した雪乃と下男として働いている啓太と再会する。
 この場は、雪乃という女の主体性を思う存分に発揮させる最高潮の場である。この場でエッセンスとして抽出された物は、誇り高き女、罪を背負う女の永遠の表象として受け取ることができる。
 この場で豊は、「あなたは、五欲五毒の頭首(かしら)だ」と雪乃を罵りながらその魅惑から逃れようともがく。雪乃は平然と笑って受け流し、啓太との間に生れたと思われる赤子を抱きながら、子守歌を歌う。以下は、台詞よりもト書が重要なところだ。

 豊、魅入られ、われを忘れ、渡廊下の雪乃の足許へ手を差し伸ばす。雪乃、その手を踏む。交互に踏みつけながら唄う。
雪乃 みっつ咲いても、桜こは桜こ(低く笑う) よっつ咲いても、桜こは桜こ
 (虚脱したように雪乃を見あげている)
雪乃 (笑う)いつつ咲いても、桜こは桜こ。ななつ咲いても・・・・・・。
 啓太、突然地面に身を投げ出す。
啓太 かいそんさまあ! かいそんさまあ! かいそんさまあ!
 啓太、胸をかきむしり、地面を転がりまわりながら、なお海尊の名を呼ぶ。
 豊、激しく衝撃をうけて啓太をみつめる。
 ・・・・・・
 雪乃、二人の男の姿を快げに眺めながら、驕慢に無邪気に笑いつづける。(暗転)

 女性が男性の上に君臨することを象徴した壮絶な場面だ。
 雪乃が豊の手を踏むのは、彼女が因習的常識のこの世の俗世の中で、純粋に自分自身であろうとする至難を敢行するための手段として必要だからである。雪乃が求めているのは、〈絶対の自由〉であり、それによってのみ彼女の人間不信は解消されるのである。しかし、彼女の純粋にこたえることができる者は、俗世の知恵に汚されていない啓太(今や啓太も地に落ちたが・・・・・・・)のような男なのである。雪乃は男(豊)を官能にかきたてながら、突き放す。好きだと言わせるだけでは足りないのであって、男が死まで覚悟してこそはじめて彼女は満たされるのである。
 巫女として神に仕える雪乃。その白装束は魔的な美しさを象徴している。この場面は、衆生のために自分の身を汚し、それが浄められて再び美しい女にもどるという、才ある女の悲しくも妖しい魅力を謳歌しているといえる。

2006年7月20日(木)

 劇作家の三好十郎にすすめられて戯曲を書き始めた秋元松代さんは、苛烈な孤絶の生涯を通し、女の情念、怨念をテーマとする多くの戯曲を書かれた。つぎの作品は、田中千禾夫先生が〈美しいカオス〉とまで称賛した秋元戯曲の傑作『常陸坊海尊』である。
 秋元松代さんには、桐朋学園の専攻科のときに、後輩が『常陸坊海尊』を上演するということで、一場面だけ助っ人を頼まれて親方という役を演じることになったが、その初回の読み合わせの時にお会いした。眼光の鋭い凛とした粋な女性で、劇作家としのオーラを感じたことを思い出す。わたしが今でも演劇に取り組めるのも、その時に秋元さんの孤高の信念を知ることができたからである。
 それではさっそく『常陸坊海尊』を読んでみよう。

2006年7月18日(火)

 つぎの劇作家の作品を読む前に近況を報告しておく。
 私は遅ればせながら五十の坂を越えて、本格的に劇作を開始することにした。これまでは原作のリライトの域を出なかったが、これからはわたし自身の思想を劇に注入していくつもりである。
 そのいい例が、この秋、向原高校で上演する『十二夜』で、これまでの初演の『トゥエルフス・ナイト』、再演の『高校生たちの十二夜』とは全然別物で、シェイクスピアの原作を私風に解釈し、シェイクスピア本来の言葉遊びを向原高校の高校生にもわかるようにし、現在のドラマに大幅に作り変えている。「バカだね、そのまま演れば、手間ヒマ掛けずに楽ができるのに・・・・・・」と言われそうだが、作品を作ることはそう効率よくはいかない。同じものを上演すれば、当然演出力も落ちるし、第一俳優の劇的意欲が低下する。いたしかたない。効率主義が及ばないのが演劇の魅力である。そんなわけで主役まで変えてしまった! これで完璧に一からのスタートになった!(涙)
 書き上げたのは、まだ、ヴァイオラが公爵の恋の使いでオリヴィアと
対面するところまでだが、結末がどうなるかはまったくわからない。なぜなら、わたしは考えてから歩く男ではなく、歩きながら考えるタイプだからである。
 劇作もいたって自己流で、会社と自宅以外は携帯を使っている。新規メールで打っていき、文字数の限界に達したら自宅か会社のパソコンに送信し、また打つ。そんなことを繰り返しからパソコンで開いて、ワードにコピー&ペーストして保存する。最近いたるところで打っているので、この前串焼き屋のおばさんに、「女の子でもできたの?」とからかわれた。元役者、メールを打ちながら、ついそんな表情をして打っていたのだろう。
 劇作とはなんと楽しいことか? こんなに楽しいならもっと早く始めれば良かったと思う・・・・・・が、つまるところ俺の人生なんて、後悔の連続。俺らしくっていいじゃないかな・・・・・・ 

2006年7月14日(金)

田中千禾夫『マリアの首』
 天主堂の残骸を、保存するか否かで物議をかもしていた昭和20年後半。
 ケロイドを包帯で隠し、昼間は看護婦、夜は娼婦の「鹿」。
 同じ場所でポン引きまがいの薬の立売りをして、原爆症の夫を支える「忍」。
 そして献身的な看護婦の「静」。
 この三人の生き方を中心に、神との対話、平和の祈りを描いたのが、『マリアの首』である。
 場ごとの内容を簡単に記すと、
 @春を売る鹿。
 A薬売りの忍。彼女に好意を寄せる初老の男。二階の黒人の男。
 Bマリアの像の片腕。
 C忍は夜の女たちにいたぶられる。
 
D盲腸手術後の学生と看護婦鹿との原爆論争。鹿に思いを寄せる男。
 E銃弾摘出の麻薬ボスの次五郎と忍の持つ短刀の秘密。
 F白血病で臥っている忍の夫。
 G平和を願う女の声。植字工の活字拾い。
 H雪降る夜、マリアの首の盗み出し。
ということになる。
 そして、場を連結させ、劇を盛り立てていくのが、「忍」の以下の言葉(傍線部分)である。

 おうちに内密に頼みのあります。
第二の男 わしに、このわしに。
 はい。・・・・・・ね、もし、雪の降って積もる夜のあったら、
第二の男 雪の? めったに雪は降らんところ、ここは。長崎は。
 それでん、もし、雪の降って積もる夜のあったら。
第二の男 あったら?
忍 浦上に来てくれまっせ。
第二の男 浦上に。・・・・・・おうちの家に。
 うんね。浦上の天主堂に。
第二の男 天主堂! 耶蘇のお寺。
 はい。火の風に焼けただれ、崩れて落ちた天主堂の玄関に。マリアの首のおいてある玄関に。
第二の男 何ばしに。
 うちと一緒に・・・・・・祈りに。
第二の男 何ば祈りに。
 いのちのゆくえば祈りに。
第二の男 いのちのゆくえ? 誰の?
 うちの、ああたの、そして女の、男の、皆の。
第二の男 ああ!
 もし、ああたの感謝がほんもんなら。
第二の男 よか、わしにも一つの夢の生まれるかもしれん。約束します。もし、雪の降って、
 白う積もった夜のきたら、

 この傍線の言葉は、作者によって絶妙に配置され、忍や鹿や第三の男たちはこの言葉を合言葉にして、とうとう雪降る夜に天守堂に集まって、マリアの首を盗み出すことに踏み切るのである。
 さて、田中千禾夫の劇作に流れる主調音は、〈女性崇拝〉と〈女性憎悪〉である。このふたつは、どちらも愛であることにかわりなく、永遠の平行線をたどるので、田中は「愛(かな)しい」といっている。『マリアの首』では、この主調音は変調していて、女主人公である忍(しのぶ)、鹿(しか)、静(しず)の三人の女は、一人の女のそれぞれの分身として描かれる。三人は、表と裏とそのまた裏であり、あらわれは異っても源はひとつであると暗示される。つまり、忍は純粋そのもの、鹿は生活そのもの、静は献身そのものを意味し、それらすべての融合体が女性そのものだと作者は示しているのである。
 劇構造としては、『マリアの首』は現実と幻想を対比させて劇が展開されてゆく。
 愛児を戦死させた印刷屋、遊客、パンパン(娼婦)、酔漢、原水爆反対運動の男、与太者、悪徳医師など、当時の世相の象徴ともいえる者どもの出没する現実世界。
 自由への脱出を夢みて、神との格闘の果てに遂にマリアの首の前にひれふす、鹿、忍、義足の男の幻想の世界。
 この両者の明滅する交錯のなかを、美しい詩が奏でられ、自由が論じられ、哲学が語られ・・・・・・人々は魂の奥底に入り込んでゆく・・・・・・・そして、最後には神との対話に到達する。
 終幕の雪の夜、看護婦で、娼婦でもある「鹿」は、神(マリアの首)に語りかける。

鹿
 ばってん、やっぱ、うちはお恵みにふさわしゅうなか。世の中から愛されんじゃった私は、私自身に復讐しましたと・・・・・・その外道の歓喜のなかで、あなた様ばお慕いしておりました。ひいてはその復讐は世の中へ向かってゆきました。そのためには、あなた様ば、かどわかす仲間ば作ったとです。そるが今夜です、雪の降る今夜です。マリア様。哀れな私たちのこの企てば、お救け下さいまっせ、お願いです。

 この鹿のように、田中はさまざまな妄執を抱いて、しかし純粋に生きる人々を、持ち前のおおらかな愛情を持って描く。「人は、生まれつきの尊い善意によって、更にまた意志力による恒常的な善意によって、平安な精神生活を営むことができる」と田中が言っているように、『マリアの首』は神との対話による人間の尊厳の維持にあるといえる。

2006年7月13日(木)

 三島由紀夫の次は、桐朋時代の恩師、田中千禾夫先生だ。先生には田中ゼミで1年間お世話になった。真船豊の『裸の町』を自主公演したとき、わざわざたずねて来られ直接指導を受けたのを思い出す。
 
千禾夫先生は、岸田国士、岩田豊雄らの新劇研究所で劇作を学ばれたそうで、教育の中心は俳優の『物言う術』の獲得にあった。今にして思えば、若いときに千禾夫先生と出会えたことは幸運だった。わたしが今、俳優指導にあたっていられるのも、先生の著した『劇的文体論序説』が基本になっている。
 さて、先生にはたくさんの優れた作品があるが、わたしがいちばん好きな作品は『マリアの首』だ。
長崎出身の先生が、原爆で無残にも廃墟と化した浦上天主堂、特に満身創痍のマリア像と、戦後悲惨な生活を余儀なくされた被爆者たちの姿を見て、「世界の平和は長崎から」と書きおろした作品である。
 それでは、『マリアの首』を読んでみよう。36年ぶりの再読である。

2006年7月11日(火)

『卒塔婆小町』に続いて同じく三島由紀夫の『弱法師』
 謡曲の原典は、

 ●河内の国、高安の左衛門尉通俊は人の讒言によってわが子俊徳丸を追放してしまった。
 ●その非を悔いた通俊は四天王へ行って不憫なわが子俊徳丸の後世での安楽を願って施行する。
 ●そこへ盲目の弱法師(実は俊徳丸)が現れ施行を受ける。弱法師は四天王寺の縁起を語り、折しも西の海に沈む入り日を拝む(日想観)。
 ●俊徳丸は、かつて見た難波周辺の景色を心眼で見て達観するが、実際には目が見えないので、往来の人にぶつかって倒れたりする。
 ●すでにわが子と気づいていた通俊は、夜になって自ら名乗り、俊徳丸を高安に連れてかえる。

 このように原典の『弱法師』には、父親との和解があり救いがある。だが三島の『弱法師』には救いがない。
 舞台は無機質な家庭裁判所の一室。
 シンメトリーな上手に川島夫妻、下手に高安夫妻。
 中央に調停委員の桜間級子(しなこ)。
 重苦しい雰囲気の中、級子が口を開いたところから、登場人物の台詞によって、話していることが、五歳の時に東京大空襲で失明し、両親を失った、今は二十歳になった俊徳(としのり)の親権争いであることがわかってくる。川島夫妻が育ての親の権利を主張するのに対し、高安夫妻は生みの親の権利を主張し、話は平行線をたどるばかり。しかたなく級子が俊徳を連れてくる。俊徳は誰にも心を開かない傲慢で冷酷な美青年で、二組の両親を嘲る。

俊徳 (おそろしく激して立上り) 何をごちゃごちゃ言ってるんです! 黙りなさい! (一同撃たれたごとく沈黙。又坐り)・・・・・・いいですか。あなた方の目はただこういうものを見るためについている。あなた方の目はいわば義務なんです。僕が見ろと要求したものを見るように義務づけられているんです。そのときはじめてあなた方の目は、僕の目の代用をする気高い器官になるわけです。たとえば僕が青空のまん中に大きな金色(こんじき)の象が練り歩いているのを見ようとする。そうしたら即座にあなた方は、それを見なくてはならないんです。ビルの十二階の窓のひとつから大きな黄いろい薔薇が身を投げる。夜ふけの冷蔵庫の蓋をあけると、翼の生えた白い馬がその中にしゃがんでいる。楔形文字のタイプライター。香炉のなかの緑濃い無人島。・・・・・・そういう奇蹟を、どんな奇蹟でも、あなた方の目は立ちどころに見なくてはならない。見えないのなら潰れてしまうがいい。

 こう俊徳に言われて、生みの親も育ての親も卑屈なほど従順になり、歓心を買おうとする。その姿は子供への愛や執着に踊らされる哀れな親というよりも、魅惑的な強者に心酔し、服従する弱者そのものである。

川島 われわれはみんな恐怖のなかに生きているんだよ。
俊徳 ただあなた方はその恐怖を意識していない。屍(しかばね)のように生きている。
川島 そうだ。われわれは屍だよ。
川島夫人 私だって屍ですとも。
高安夫人 屍なんて縁起でもない!
高安 まあまあ、お前にはわからんのだ。
俊徳 その上あなた方は卑怯者だ。虫けらだ。
川島夫人 卑怯者だわ。
川島 虫けらだよ。
高安夫人 ああやって子供をスポイルしてしまうんですわ。親は虫けらなんかじゃありません。
高安 お前も俊徳を呼び戻したかったら、虫けらになる他はないんだよ。
高安夫人 (非常な決心を以て) 私もそれなら虫けらですよ。その代りお母さんと呼んで頂戴。
俊徳 (無感動に) お母さん・・・・・・虫けら・・・・・・。
高安夫人 やっとお母さんと呼んでくれましたよ!
高安 そのあとに「虫けら」がちゃんとついてた。
俊徳 あなた方はみんな莫迦で間抜けだ!
      一寸した躊躇の間。
 川島夫妻・高安夫妻 私たちはみんな莫迦で間抜けです。

 ここで、俊徳の異常性は、両夫妻の異常性に転化し、喜劇と化す。
 級子は両夫妻を退出させ、俊徳と膝をまじえて、ゆっくり話しあうことにする。
 時はあたかも夕刻。級子が美しい夕映えに感嘆の声を上げると、俊徳はそれを否定し、「この世のおわりの景色」だと言い張る。

俊徳 ・・・・・・ごらん、空から百千の火が降って来る。家という家が燃え上る。ビルの窓という窓が焔を吹き出す。僕にははっきり見えるんだ。空は火の粉でいっぱい。低い雲は毒々しい葡萄いろに染められて、その雲がまた真赤に映えている川に映るんだ。大きな鉄橋の影絵の鮮やかさ。大きな樹が火に包まれて、梢もすっかり火の粉にまぶされ、風に身をゆすぶっている悲壮なすがた。小さな樹も、小笹(こざさ)のしげみも、みんな火の紋章をつけていた。どんな片隅にも火の紋章と火の縁飾りが活発に動いていた。世界はばかに静かだった。静かだったけれど、お寺の鐘のうちらのように、一つの唸りが反響して、四方から谺を返した。へんな風の稔りのような声、みんなでいっせいにお経を読んでいるような声、あれは何だと思う? 何だと思う? 桜間さん、あれは言葉じゃない、歌でもない、あれが人間の阿鼻叫喚という奴なんだ。
 僕はあんななつかしい声をきいたことがない。あんな真率な声をきいたことがない。この世のおわりの時にしか、人間はあんな正直な声をきかせないのだ。(中略)
 どこにも次々と火が迫り上っていた。火が迫り上っているじゃないか。見えないの? 桜間さん、あれが見えない? (部屋の中央へ走り出す) どこもかしこも火だ。東のほうも、西のほうも、南も北も。火の壁は静かに遠くのほうにそそり立っている。その中から小さな火が来る。やさしい髪をふり立てて、僕のほうへまっしぐらに飛んでくる。僕のまわりをからかうようにぐるぐるとまわる。それから僕の目の前にとまって、僕の目をのぞき込むような様子をしている。もうだめだ。火が! 僕の目の中へ飛び込んだ・・・・・・。(傍線筆者)

 「この世の終わりの景色」は、俊徳にとって官能を呼び覚ます愛しい記憶でもある。だから、俊徳にとって形あるものとは、この紅蓮の炎でしかなく、阿鼻叫喚の声こそが人間の真率な声であり、俗悪の代表である両夫妻の言葉なぞまがい物でしかない。
 この後、「あなたもこの世の終わりの景色を見たでしょう?」と強制する俊徳に、級子は「いいえ」と否定する。俊徳はこの思いがけない拒絶にあって激昂し、罵る。だが、級子はそれをも毅然と受け流す。
 俊徳が独り占めしていた壮絶で悲惨な光景。「自分だけがこの世の真の姿を知っている」という自負。つまり、俊徳の他人への優位性は、ここで初めて敗北する。
「僕ってね・・・・・・、どうしてだか、誰からも愛されるんだよ」
 言葉と裏腹に、俊徳は決して孤独からは逃れられない。

2006年7月10日(月)

三島由紀夫『卒塔婆小町』
 オペレッタ風の極めて俗悪且つ常套的な舞台。
 と作者がト書きで指定してるように、現実は俗悪と規定される。公園、ベンチ、恋人同士、街燈は、現実の俗悪な材料でしかない。登場人物も俗悪の象徴で、老婆は
煙草の吸い殻を吸う見るもいまわしき乞食であり、詩人は酔っ払いである。
 原典での老婆と高僧との〈卒塔婆〉問答(形と心、善と悪、煩悩と菩提、仏と衆生)は、つぎのように改変される。
 
詩人 だからよ、僕はいつもこのベンチを侵略しない。お婆さんや僕がこいつを占領しているあいだ、このベンチはつまらない木の椅子さ。あの人たち(筆者註・恋人たち)が坐れば、このベンチは思い出にもなる、火花を散らして人が生きている温かみで、ソファーよりもっと温かくなる。このベンチが生きてくるんだ。・・・・・・お婆さんがそうして坐ってると、こいつはお墓みたいに冷たくなる。卒塔婆で作ったベンチみたいだ。それが僕にはたまらないんだ。
老婆 ふん、あんたは若くて、能なしで、まだ物を見る目がないんだね。あいつらの、あの鼻垂れ小僧とおきゃん共の坐っているベンチが生きている? よしとくれ。あいつらこそお墓の上で乳繰り合っていやがるんだよ。ごらん、青葉のかげを透かす燈りで、あいつらの顔がまっ蒼にみえる。男も女も目をつぶっている。そら、あいつらは死人に見えやしないかい。ああやってるあいだ、あいつらは死んでるんだ。 (クンクンあたりを嗅ぎながら) なるほど花の匂いがするね。夜は花壇の花がよく匂う。まるでお棺の中みたいだ。花の匂いに埋まって、とんとあいつらは仏さまだよ。・・・・・・生きてるのは、あんた、こちらさまだよ。
詩人 (笑う) 冗談いうない。お婆さんがあいつらより生きがいいって?
老婆 そうともさ、九十九年生きていて、まだこのとおりぴんしゃんしてるんだもの。
詩人 九十九年?
老婆 (街燈の明りに顔を向けて) よく見てごらん。
詩人 ああ、おそろしい皺だ。
 (傍線筆者)
 

 詩人は、九十九才の老婆に素性を問いかける。
 「むかし小町といわれた女さ。私を美しいと云った男はみんな死んじまった。私を美しいと云う男は、みんなきっと死ぬんだ」
 
詩人は老婆に、八十年前の話をしてくれと頼む。
 ここで作者は原典と同じように、小野小町と深草の少将の伝説(少将は九十九夜で病に倒れ、百夜通いを実行せずに死んだ)を現代化し、俗悪なる現実から、美と愛に溢れた幻想の世界へメタモルフォーズさせる。夜の公園は、明治時代の鹿鳴館の美しい庭に変身するのである。
 老婆はかつての美しい小町となって、詩人と一緒にワルツを踊る。詩人は次第に不思議な恍惚にとらわれていき、
 
詩人 きいて下さい、何時間かのちに、いや、何分かのちに、この世にありえないような一瞬間が来る。そのとき、真夜中にお天道さまがかがやきだす。大きな船が帆にいっぱい風をはらんで、街のまんなかへ上って来る。僕は子供のころ、どういうものか、よくそんな夢を見たことがあるんです。大き帆船が庭の中へ入って来る。庭樹が海のようにざわめき出す。帆桁には小鳥たちがいっぱいとまる。・・・・・・僕は夢の中でこう思った、うれしくて、心臓が今とまりそうだ・・・・・・。

と告げる。そして、詩人はとうとう老婆の制止を振り切って、禁断の言葉を吐いてしまう。

詩人 さあ、僕は言うよ。
老婆 言わないで。おねがいだから。
詩人 今その瞬間が来たんだ、九十九夜、九十九年、僕たちが待っていた瞬間が。
老婆 ああ、あなたの目がきらきらしてきた。およしなさい、およしなさい。
詩人 言うよ。・・・・・・小町、(小町手をとられて慄えている) 君は美しい。世界中でいちばん美しい。一万年たったって、君の美しさは衰えやしない。
老婆 そんなことを言って後悔しないの。
詩人 後悔しない。
老婆 ああ、あなたは莫迦だ。眉のあいだに死相がもう浮んできた。
詩人 僕だって、死にたくない。
老婆 あんなに止めたのに・・・・・・。
詩人 手足が冷たくなった。・・・・・・僕は又きっと君に会うだろう、百年もすれば、おんなじところで・・・・・・。
老婆 もう百年!

 詩人は、一瞬の至福のために、恍惚と歓喜のうちに死んでゆく。じぶんの命と引き換えにしか得られない官能。いかにも三島的な選択である。
 最後は、原典の老婆が仏道に入るのに対し、三島の小町は、百年待つ運命なのである。

2006年7月7日(金)

 いつのまにか今年も半年が過ぎてしまった。長い間日記をご無沙汰してしまったが、いよいよ今日から、現代戯曲を読むことにする。
 まず三島由紀夫から。
 昭和を代表する文学者、三島由紀夫。彼はまた優れた劇作家でもあり、現代演劇や歌舞伎においても多大な成果を残している。
 
三島戯曲の最大の特徴は、華麗にして装飾的な台詞にある。台詞が装飾的であるということは、橋本治が言うように、三島の演劇においてのある意志力が反映されていることを示している。つまり、三島は、
 ●美しいものは美しく語りたい!
 ●あまり美しくないものも美しく語り、「ここにもちゃんと美は存在する」ということを示したい! つまり、「美」とは直接結びつかないものを、「美」を語るための比喩に使い、劇的成果を上げたい!
 と考えている。この過剰なる修辞は、論理と一体となって、論理が複雑になればなるほど、装飾もまた過剰に盛り上がるのは、三島戯曲においては必然なのだ。
 さて三島は、日本の古典芸能である謡曲にはやくから親しんでいて、能楽の自由な空間と時間の処理方法に着目し、その形而上学的主題を現在的な状況の中に再現したのが、『近代能楽集』八曲である。リアリズムを信条としてきた近代劇に対して、古典文学の持つ永遠のテーマを作品化した。この『近代能楽集』は、原典の詞章にこだわらず、筋をも自由自在に変えている。だから翻案というより、ドナルド・キーンがいうように、能の心にインスパイアされた創作といえる。
 それでは、さっそく『卒塔婆小町』を読んでみよう。
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