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三澤憲治の演出日記
◇俳優歴13年、演出歴30年の広島で活動する演出家、三澤憲治の演出日記 三澤憲治プロフィール
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2017年6月20日(火)

 
体にこれといった異常がなく平穏な状態を保っていれば、土日は外出や外泊ができる。
 先週の日曜日は、朝から劇場に行き、パソコンで諸々の事務処理をしていたところ、思わぬ女性たちが訪ねて来た。1989年に旗揚げした劇団SEEDの創立メンバー二人である。
 劇団SEEDは、
1989 がめつい奴
1990 雪やこんこん
1991 闇に咲く花
1992 金愚・リア
1993 セチュアンの善人
1994 おんにょろ盛衰記
 と、6年間で6本の名作といわれる作品を上演したが、その活動は今でも語り草になるほど注目された劇団である。これは、来訪のメンバーが以下の写真のように28年前に作成したTシャツを捨てることなく、わざわざ着て来たことからも推察できるだろう。



 このように劇団SEEDをはじめ、大劇場でのミュージカル公演、シード・ナッシング・シアター、そして現在のM.A.C Nothing Theaterでの演劇公演と、広島では 30数年間演劇作品を上演し続けてきたが、時代と共に世の中はスポーツをこれでもかこれでもかと礼賛し、文化を儲からないという理由で軽視しがちになったが、そんな時代にいつも現在という竿をさし、その時代に必要な演劇を上演し続けることができているのを、
〈わたしほど幸運な男はいない〉
 と思っている。
 最後に、蛇足だがこれだけは言っておこう。
「演劇は時代をみ誤らなければ、永遠に廃れることはない」
 と。
2017年6月6日(火)

 
近松の浄瑠璃「弘徽殿鵜羽産屋」の「弘徽殿」を、源氏物語にならって「こきでん」と読んでいたが、国立国会図書館の送信サービスによって手に入れた複写では、「こうきでん」になっているので、近松の浄瑠璃ではそれに従うことにした。
 さて、今日からはまず「弘徽殿鵜羽産屋」の原文をわたしなりに解りやすくしたものをアップしていき、すべてをアップした後に、段ごとの内容や表現方法などを解説し、近松のドラマツルギーを解明したいと思う。
 原文は、戯曲解釈サイトの「弘徽殿鵜羽産屋」コーナーでご覧になれます。ただし、ルビは、わからない漢字があればウェブ上でコピー&ペーストして調べればすぐにわかるので、人名や読み間違いしやすい言葉にしかふっていません。あらかじめご了承ください。
 それでは、近松ならではの七五調を駆使した美文をお楽しみください。思わず口ずさんでみたくなるでしょう。 

※戯曲解釈[弘徽殿鵜羽産屋]はこちらをクリック。

2017年6月2日(金)


 抗がん剤を投与してから10日になる。1日だけ食事がすすまなかっただけで、強い副作用もなく順調に経過している。
 自然と朝4時には目が覚めるので、「弘徽殿鵜羽産屋」の原本と筆記具を持って病室の隣のデイルームに行き、まず朝のコーヒーと緑茶を時間をかけてゆっくり飲み、それから解読に取りかかるのが日課になっている。
 健康な時は、仕事はすべてパソコンで行っていたが、病院では以下の写真のように手書きである。

 

 なぜ手書きにしたのかというと、
〈指先だけを使うパソコンより、脳との連動によって、指先と腕と肩を使ってノートに書き付ける〈手書き〉の方が、健康な細胞をより刺激するので、癌に有効ではないか〉
 と思ったからである。でもこれはわたしの独断で、科学的な根拠はないが、
「病は気から」
 というから、ネガティブな発想をするより、ポジティブな発想をするほうがいいので……。
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