『源氏物語』ウェブ書き下ろし劇場 三澤憲治訳『真訳 源氏物語』 『真訳 源氏物語』現代語訳キーポイント 『源氏物語』ここが素晴らしい!
『紫式部日記』解読 『紫式部集』解読 紫式部年表 『源氏物語』の草木を求めて M.A.C Garden 参考文献
紫式部考 ―『源氏物語』という物語―
紫式部はなぜ『源氏物語』を書いたのか。作者紫式部と源氏の物語、そして現在が交錯するドラマ、三澤憲治台本・演出の『紫式部考―「源氏物語」という物語―』
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源氏物語とはどういう物語なのか。
●原作を読む。
 これまでキャサリン・パターソン、ベルトルト・ブレヒト、ミヒャエル・エンデ、ウィリアム・シェイクスピアと、外国の小説や戯曲を劇化してきて、演劇人生の最後は日本の作品の劇化をと思い立ったとき、真っ先に浮かんできたのが『源氏物語』でした。
 周知のように、小説を脚色したり、戯曲から上演台本を作るには、登場人物の微細な心の動きと関係性を把握しなければ創れるものではありません。
 ところが『源氏物語』には最初から躓きました。
 先行の現代語訳を読んでも、主人公光源氏をはじめ、主要な登場人物の心の動きと関係性がつかめないのです。
 そこで、
〈これはもう原文にあたるしかない〉
 と思い、8年前から原文を読みながら、わたしなりに疑問点を一つずつ解決していったのですが、やっと全54帖を訳すことができ、劇化のスタートラインに立つことができました。
三澤憲治訳『真訳 源氏物語』全体から本質を読み解く だから三巻になった。
三澤憲治訳『真訳 源氏物語』
三巻分冊の理由!
 『源氏物語』五十四帖を、三巻の分冊にしたのは、それぞれが物語の変容の分岐点になっているからです。
 巻一では、理想の地位と資質を持った美貌の主人公が、藤壺を慕うあまり、さまざまな女性を遍歴するという説話的な物語でしたが、巻二では、光源氏の〈反省〉と紫の上の〈受苦〉を物語の骨子にしながら、光源氏をはじめ、子息の夕霧や柏木の恋愛の座礁の物語に変貌します。
 そしてさらに巻三では、主人公の薫をはじめ、八の宮、大君、中の君、浮舟といった現世厭離の理念にとらわれた人たちの世界に変貌します。
『真訳 源氏物語』現代語訳キーポイント!
『源氏物語』ここが素晴らしい!
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紫式部とはどういう人物なのか。
●『紫式部日記』を読む。
●『紫式部集』を読む。
●紫式部年表をつくる。
『紫式部日記』解読
『紫式部集』解読
紫式部年表
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紫式部が物語作成で参考にした書物
●『長恨歌』を読む。
『源氏物語』参考文献
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『紫式部考』劇作のための参考文献。
●『古事記』を読む。
●『源氏物語玉の小櫛』を読む。
『和泉式部日記』を読む。
『和泉式部集』を読む。
『赤染衛門集』を読む。
『清少納言集』を読む。
『藤三位集』を読む。
『蜻蛉日記』を読む。
『枕草子』を読む。
『源氏物語』参考文献
 紫式部は、『紫式部日記』の中で、当時の歌人、和泉式部を以下のように批評しています。
「和泉式部という人とは、趣深い手紙のやりとりをした。だが、和泉には倫理的に感心しないところがある。気軽に手紙を走り書きしたときに、その面で文章の才能のある人で、ちょっとした言葉にも、色艶が見えるようだ。和歌は、とても上手い。でも古歌の知識、歌の理論などは、ほんとうの歌人というわけではなく、口からでるにまかせて詠んだ歌などに、かならず面白い一点の、目にとまるものが詠んである。それほどの歌人であっても、他人が詠んだ歌を、非難したり批評したりする場合、歌というものをよくわかっていないようだ。口からしぜんと歌が出てくるような、そんな感じの歌人。こっちが恥ずかしくなるような素晴らしい歌人とは思えない」
 劇作にかぎらず物事はすべて、「裏を取る」ことが必須ですので、紫式部の批評が正当なものかどうか、『和泉式部日記』と『和泉式部集』を読んで判断します。
2016年1月19日
『和泉式部日記』現代語訳
『和泉式部集〔正集〕』現代語訳
『和泉式部集〔続集〕』現代語訳
 紫式部は、『紫式部日記』の中で、当時の歌人、赤染衛門を以下のように批評しています。
「丹波の守(大江匡衡(まさひら))の北の方を、中宮さまや、殿などのところでは、匡衡(まさひら)衛門(えもん)(赤染衛門)と言っている。歌は格別優れているわけではないが、じつに風格があり、歌人だからといって、すべてにおいて詠み散らすことはしないが、世に知られている歌はすべて、ちょっとしたときの歌も、それこそこっちが恥ずかしくなるような詠みっぷりである。それに対し、ややもすると、上の句と下の句がつながらない「腰折れ歌」を詠んで、なんとも言いようがない気取ったことをしても、じぶんこそ優れた歌人だと得意がってる人なので、憎らしくも気の毒にも思われる。」
 和泉式部同様、紫式部の批評が正当なものかどうか、『赤染衛門集』を読んで判断します。
2016年4月6日
『赤染衛門集』現代語訳
 紫式部は、『紫式部日記』の中で、当時の歌人であり、『枕草子』の作者である清少納言を以下のように猛烈に批判しています。
「清少納言こそ、得意顔に偉そうにしていた人。あれほど利口ぶって、漢字を書き散らしているけれど、よく見れば、まだいたらないところが多い。このように、人より特別に勝れようと意識的にふるまう人は、かならず見劣りし、将来は悪くなるばかりだし、風流を気取る人は、ひどく寂しくつまらない時でも、しみじみ感動してるようにふるまい、興あることを見逃さないようにしているうちに、しぜんと見当はずれの浮薄な態度にもなるだろう。そういう軽薄になってしまった人の最後が、どうしてよいことがあろうか」
 和泉式部、赤染衛門同様、紫式部の批評が正当なものかどうか、まず『清少納言集』を読んで判断します。
2016年5月19日
『清少納言集』現代語訳
 紫式部が自身の歌集で、
「若竹の おひゆくすゑを 祈るかな この世をうしと いとふものから(若竹が成長してゆく末を祈っている わたしはこの世を厭わしく思っているのに) 」
と詠っている娘の『藤三位集』を詠んでいくことにします。
2016年5月24日
『藤三位集』現代語訳
 『源氏物語』の先行の日記文学『蜻蛉日記』を読んでいきます。
2016年6月7日
『蜻蛉日記』現代語訳
 紫式部が『紫式部日記』で痛烈に批判している清少納言の『枕草子』を読んでいきます。
2017年3月2日
『枕草子』現代語訳
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紫式部は女性の美しさを花にたとえた。
●源氏物語の草木を栽培するM.A.C Garden
●『源氏物語』の草木を求めて
源氏物語の草木を栽培するM.A.C Garden
源氏物語の草木を栽培する
M.A.C Garden
『源氏物語』の草木
『源氏物語』の草木を求めて
LOCATION
Libretto/劇作
『紫式部考 ―『源氏物語』という物語―』 
●物語登場人物の年齢設定
●紫式部の視点
物語登場人物の年齢設定
紫式部の視点
劇作備忘録
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