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●文章を入れ替えて訳す |
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『源氏物語』の原文はスラスラと読めて内容を理解できるのだが、それを現代語にするのに手間取る。例えば以下のような文章だ。
「あやしきことなれど、幼き御後見に思すべく聞こえたまひてんや。思ふ心ありて、行きかかづらふ方もはべりながら、世に心のしまぬにやあらん、独り住みにてのみなむ。まだ似げなきほどと、常の人に思しなずらへて、はしたなくや」
この箇所は、美しい女の子(若紫)を見初めた光源氏が、この子を引き取って教育し、ゆくゆくは妻にしようと、僧都に女の子の後見人をかってでるところだが、書いてある意味は
●わたしを幼い子の後見役にと、あなたの妹の尼君に話してもらえませんか?
●わたしは結婚して葵上という妻がいるのですが、どうも馴染めなくて、独りで暮らしているような状態です。
●「まだ結婚するような年齢ではない」
と、ここまでは訳せるのだが、その後の、「常の人に思しなずらへて、はしたなくや」を現代語訳にするところで、二進も三進もいかなくなった。「はしたなくや」をどう訳したらいいのか思いつかないのだ。
そこで、先行の現代語訳を紐解いてみた。
「まだ姫君はお小さくてそんなお年頃でもないのにとお考えになって、わたしを世間の好色な男並みにお思いになられますと、実に心外なのですが」(瀬戸内寂聴訳)
「まだふさわしからぬ年ごろなのにと、この私を世の常の男と同列にお考えになっては、きまりわるいことにもなりましょうが」(小学館版訳)
「まだ不似合いな年頃だと、世間並みの男と同様にお考えになっては、(私は)間の悪い思いをしなくてはならないでしょう」(新潮社版訳)
三者の訳では、源氏が権力を傘にして僧都を脅しているような印象を受ける。これを読むと、わたしなんか
〈源氏ってとんでもなくイヤな男だな〉
と思ってしまう。
ほんとうに源氏はこんなことを言っているのか?
紫式部は、ほんとうに源氏にこんなことを言わせたかったのか?
熟慮した結果、ふとある考えが浮かんだ。
〈そうだ、原文の文章を入れかえればいい〉
と。つまり、「まだ似げなきほどと」と、「常の人に思しなずらへて」を逆にして訳せばいいのだ。
わたしの訳はこうなった。
「突然ですが、(わたしを)その幼い方の後見役にと(尼君に)話していただけませんか? (実は)思うところがあって、通っていく所がありながら、どうも馴染めなくて、独り暮らしも同然なのです。世間一般の考え方からすると、
『まだそんな年頃でもないのに』 と、変な申し出と思われるもしれませんが」 |
三澤憲治 |
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