THE WORLD OF THE DRAMA 演劇の世界
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三澤憲治の台本
◇「ガラスの家族」からはじまった上演台本づくり。広島の演出家、三澤憲治の潤色・脚色・創作台本
「セチュアンの善人」決定版
「弁天娘女男白浪」
「劇変・十二夜」
「The GREAT Gilly Hopkins 1978」
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「ねこの事務所」
「マイ・ハムレット」
「リトル・トリー」
「リア王」
「はてしない物語」決定版
「セチュアンの善人」
『モモ』

 時間どろぼうと 盗まれた時間を人間に
 とりかえしてくれた女の子のふしぎな物語

原作 ミヒャエル・エンデ
訳 大島かおり
脚色 三澤憲治

第一幕
第1場 円形劇場

 幕はすでに開いている。眠っている円形劇場がぼんやり見える。一人の男が旅行鞄をさげて客席から歩いてくる。男は舞台に上がり、語り始める。

語り手 むかし、むかし人間がいまとはまるっきりちがう言葉で話していたころにも、あたたかな国にはもうすでに、りっぱな大都市がありました。そこには王さまや皇帝の宮殿や寺院のほかに、きまって劇場があったものです。観客席は、このようにすりばち型で、上にゆくほどひろがりながら重なっている石段です。劇場を上から見ると、まんまるなもの、楕円形のもの、半円形のものもありました。こういう劇場は、円形劇場とよばれていました。

 いにしえの観客の拍手喝采、さんざめき。

語り手 ここに集まってくる人たちは、みんな芝居が好きで好きでたまりません。舞台のうえで演じられる悲痛なできごとや、こっけいな事件に聞き入っていると、ふしぎなことに、ただの芝居にすぎない舞台上の人生のほうが、じぶんたちの日常の生活よりも真実にちかいのではないかと思えてくるのです。みんなは、このもうひとつの現実に耳をかたむけることを、こよなく愛していました。

 稲光が走って、突然の雷雨。疾風怒涛。

語り手 それ以来、いく世紀もの時がながれました。そのころの大都市はほろび、寺院や宮殿はくずれおちました。風と雨、寒気と熱気に、石はけずられ穴があいて、大劇場も廃墟と化しました。今では、ひびだらけの石壁の中で聞けるものといえば、セミの単調な歌ばかりです。

 セミの声。その声はまどろんでいる大地の寝息のように聞こえる。

語り手 けれどこのむかしの大都市のうちのいくつかは、いまなお大都会として生きのこっています。もちろんそこでの生活はすっかり変わってしまいましたが、それでも新しいビルのあいだのそこここに、むかしの建物の円柱や、門や、壁の一部が残っています。そういう都会のひとつで、これからお話しするモモの物語はおこったのです。

第2場 大きな都会と小さな少女

 ある早い朝。円形劇場の近くに住んでいる人たちが集まって、ある一点を見つめてざわついている。通りがかりのフランコがやってきて、その集団の子どもの一人シルヴィアにたずねる。

フランコ ねえ、なにがあったんだい?
シルヴィア よくわからないけど、だれかがこの穴の中にいるみたい。
フランコ へえ。

 フランコはおもしろがって集団の前へ行 く。

ベッポ そうか。それじゃ、ここが気に入ったんだね?

 中の住人が何か言うが、声が小さくて聞きとれない。

ベッポ ここにずっといたいんだね?

 中の住人が何か言う。

フージー でも、おまえを待ってる人はいないのかい?

 中の住人が何かまた言う。

リリアーナ うちに帰らなくてもいいのかい?

 中の住人が何かまた言うが、これも聞きとれない。

ジジ いったいどこから来たんだい?

 中の住人は何も答えない。

ダリア おとうさんやおかあさんは?

 中の住人は何も答えない。みんなは見交わしてため息をつく。

ベッポ 心配しないでいいんだよ。さあ出てきなさい。
ジジ 追い出そうってわけじゃないんだ。おまえの力になってやりたいんだよ。
フランコ ねえ、こわがらないで出てきなよ。
子どもたち そうだよ、こわがらないで出てきなよ。

 子どもの声にはげまされて一人の少女がおそるおそる出てくる。背が低く、かなりやせっぽち。歳は八つぐらいなのか、それとも十二ぐらいになるのか見当がつかない。くしゃくしゃにもつれた真っ黒な巻き毛。目も真っ黒で大きくて美しい。足ははだしで真っ黒。スカートはつぎはぎだらけで、かかとまで届くほどの長さ。その上に古ぼけただぶだぶの男物の上着を着ている。人々は不思議なものを見るように、息をのんでこの少女を見る。

ベッポ モモという名前だって言ったね?
モモ (うなずく)
ジジ いい名前だね。
フランコ でもそんな名前聞いたことがないな。
マリア だれにつけてもらったの?
モモ じぶんでつけたの。

 人々おどろく。

パオロ じぶんで?
モモ うん。
マッシーモ じゃ、生まれたのはいつ?
モモ わかんない。
フージー おじさんとか、おばさんとか、身うちの人はいないのかい?

 モモは相手を見つめるばかり。しばらくして、穴を指差して。

モモ ここがあたしのうちだもの。
リリアーナ そうか、そうか。でもおまえはまだ子どもだ。年はいくつだい?
モモ 百。

 みんなはどっと笑う。

リリアーナ まじめにきいてるんだよ、年はいくつ?
モモ 百二。

 またみんなどっと笑う。

フランコ 数がわからないんだよ、きっと。
パオロ だれにも習ったことがないんだよ。
マリア 警察に頼んで施設に入れてもらったら?
フージー そうだな、あそこなら食べるものも寝るところもあるし、読み書きや計算はもちろん、いろんなことを教えてもらえるよ。
モモ いや!あたしはそこにいたの。
フージー ・・・・・・わかった、わかった。じゃ、警察には知らせないとして、でもおまえはまだ小さいんだから、だれかに面倒を見てもらわなくちゃならないね。
モモ ひとりでやれる・・・・・・あたし、なんにもなくてもやっていける。
リリアーナ ねえモモ、あたしたちのうちのだれかの世話になっちゃあどうかね。そりゃ、あたしたちの家はどこもせまいし、子どももわんさといるけどさ、ひとりふえたところで、どうってことはない。
モモ ありがとう。

 モモははじめてにっこりする。

モモ でも、ここに住みたいの。
リリアーナ どうする、みんな?
ジジ そうだな・・・・・・
語り手 みんなは長いことあれこれ話し合ったすえ、ようやくそうさせてやろうということに意見が一致しました。だれの家にしてもこことたいして代わりばえのしないすみかですし、みんなで力を合わせてモモのめんどうを見てやればいいと思ったからです。
みんな よし、そうしよう。いいよ、モモ。
モモ ありがとう。
語り手 みんなはさっそく家に帰って、モモが生活してゆくのに必要な物をいろいろ持ち寄ってきました。
ベッポ モモ、ベッドを持ってきたよ。
ジジ フージーさんがペンキを塗り替えてくれたから新品同様だよ。
フージー きょうからはこのベッドでゆっくりお休み。
モモ ありがとう。
リリアーナ モモ、フライパンと鍋だよ。この鍋はね、ホーロー引きのドイツ製。十年は使えるよ。
モモ ありがとう。
ダリア モモ、この絵、あたしが描いたの。よかったらお部屋に飾って。
モモ すてきな絵。ダリアさんって絵がうまいのね。
フランコ モモ、ぼくたちからもプレゼントがあるんだよ。ぼくは、パン。
ハーミア あたしは、チーズ。
パオロ ぼくは、オレンジ。
マッシーモ ぼくは、せっけん。

 子供たちはいろいろなものをベッドの上におく。

モモ わあっー、こんなにたくさん、みんなありがとう。
語り手 子どもの数がとても多いだけに食べるものも山ほどあつまって、その晩はみんなでモモの引っ越し祝いにちょっとした宴会をやれたほどです。その宴会は、まずしい人たちだけがやり方を知っている、心のこもった楽しいお祝いになりました。それ以来、小さなモモの暮らしはとてもぐあいよくなりました。近所の人たちの台所ぐあいしだいで、食べものはその日その日でたっぷりあったり、すこししかなかったりはしましたけれど、もう食べるにことかくことはありません。雨つゆをしのぐ屋根はあるし、ベッドもあるし、寒いときは火をたくこともできます。そして、なによりもよかったことは、たくさんのよい友だちができたことです。

第3場 暴風雨ごっこと、ほんものの夕立

 蒸し暑いうっとうしい日。十四・五人ほどの子どもが石段に座って、モモの帰りを待っている。空には黒い雲が厚くたれこめている。もうすぐ夕立がやってきそうな気配。

エミリア デデ、帰ろうよ。
デデ うん。お姉ちゃん、帰ろうよ。
マリア あたし、帰ろうかな? 雷がこわいもの。
パオロ うちにいると、こわくないのかい?
マリア そりゃこわいわ。
パオロ じゃ、ここにいたって同じじゃないか。
マリア そりゃそうだけど・・・・・・モモ、帰ってこないみたいね。
フランコ それがどうした?モモがいなけりゃおれたちだけで何かしたらいいんだ。
ジューリア じゃ、なにをするの?
フランコ おれだってわかんないよ。なにかさ。
ジューリア なにかじゃだめよ。だれか、いい考えはない?
みんな ・・・・・・・
マリア やっぱり帰ろうかな?今にも雨が降りそうだもん。
パオロ やっぱりモモがいないと楽しくならないな。
ザンドラ モモって不思議だね?べつにすてきな遊びを教えてくれるわけでもないのに、モモがいるだけで楽しくなるんだから。
ルーセッタ ほんとね、いつまでもモモと遊んでいたい気持ちになるから不思議ね。
ザンドラ 大人の人も言うでしょう、「モモのところに行ってごらん」って。
シルヴィア わたしはね、おとうさんとおかあさんがけんかしそうになると、それを言うの。
ヘレナ あたしんちもそう。
ラーンス おれんちもそうだよ。

 モモがカナリアの籠をさげて帰ってくる。パオロがモモを見つけて。

パオロ モモ!
みんな モモ!
マリア モモ、どこへ行ってたの?あたし待ちくたびれちゃった。
デデ あたしも。
モモ フージーさんが飼ってるカナリアさんがこのごろちっとも鳴かないっていうもんだから、ちょっと様子を見に行ってたの。
パオロ それで、モモが行ったらカナリアは鳴いた?
みんな 鳴いた?
モモ (笑って) 鳴かない。

 子どもたち、しょんぼりする。

モモ でも、あきらめないわ。またお話してみる。
マッシーモ ねえモモ、この劇場を大きな島のつもりにして、航海ごっこをしない?
モモ おもしろそうね。あたしもいれて。
マッシーモ ぼくが船長で・・・・・・
フランコ ぼくが一等航海士の、(名前を考えて)ドン・メルー。
パオロ ぼくは今回の探検旅行の学術研究面での指揮をとっている、(同じく名前を考えて) プー博士だ。
マリア わたしは博士の助手のマウリン。
シルヴィア 同じく助手のサラ。
マリア わたしたちふたりは、記憶力抜群、あたしたちさえいればありったけの本や資料をつみこんだも同然なの。
ネリサ あたしたちは水夫。
コンラッド ぼくは水夫長だ。
マッシーモ モモはね、南の島で生まれ育ったフーラ族の娘で、われわれの水先案内をしてくれる人だ。名前はモモザン。
パオロ モモザンはフーラ語しか話せないから博士のぼくが通訳するんだ。
マッシーモ じゃみんな位置について。

 みんなはさっきとうって変わり、テキパキと位置につく。船長はまっすぐ前を見て静かに体を揺らしていく。船長にならってみんなも体をゆらしていく。

マッシーモ この船の名は?
マリア アルゴ号!
みんな アルゴ号!
フランコ アルゴ号の行き先は?
ザンドラ 南のサンゴ海!
みんな 南のサンゴ海!
パオロ 探検旅行の目的は?
ジューリア さまよえる台風を退治しに。
みんな さまよえる台風を退治しに。
マッシーモ 面舵いっぱい!
フランコ 取り舵いっぱい!

 船は出港する。音楽。

みんな (歌う)
 おれたちゃみんな冒険好き
 おれたちの誇りは勇気
 危険を承知で旅に出る
 めざすは南のサンゴ海
 無人の海へつき進め!
 マッシーモ アルゴ号、現在速度十五ノット。
 フランコ アルゴ号、現在速度十五ノット。
 マッシーモ 二十五ノットまで速度を上げろ!
フランコ 諒解!
みんな (歌う)
 おれたちゃみんな冒険好き
 おれたちの誇りは勇気
 危険を承知で旅に出る
 相手はさまよえる台風
 海の怪物やっつけろ!
ルーセッタ 船長、前方に円形のガラスのようなものが浮かんでいます。
ジューリア 直径は、そうですね、二十メートルくらいでしょうか。

 船長とドン・メルーはすぐ望遠鏡で見る。モモザンは悠然と座ったまま。

マッシーモ ガラスの島だ。よし、島まで直進だ。速度を落として、船をガラスの島に横づけにしろ!
フランコ 諒解、船長。

 船は速度を落として、ガラスの島に横づけになる。

パオロ じゃ、わたしたちは上陸して調べてみよう。

 プー博士に助手のマウリンとサラが続く。博士は上陸した途端にすべって転ぶ。

パオロ あっー!
シルヴィア 博士!

 博士を助けようとするが、サラとマウリンもすべって転ぶ。

ラーンス 大丈夫か?
パオロ 大丈夫だ。おや、内部で光が脈打つように点滅しているぞ。

 助手たちも見る。

シルヴィア とすると博士、これは島ではなく海の怪物ヒトクイオタフク・ビストロツィナリスらしいですね。
パオロ いや、わたしの見るところでは、ふつうのオバケアシ・チューチューネンススの一変種だと思えるがね。
マリア とにかく博士、海にもぐって調べてみましょう。
パオロ そうだね。
ザンドラ 博士、わたしたちがもぐってみます。

 ザンドラ、ジューリア、ルーセッタの三人が海に飛び込む。しばらくして突然。

ジューリア (浮かび上がってきて)オバケクラゲです。二人はクラゲにつかまって逃げられません。早く救援隊を。
フランコ よし、おれが行く。
ラーンス おれも行く。
マリア わたしも行く。

 みんな海に飛び込む。博士一人が残る。

パオロ どうやらこの海には生物をばかでかく成長させるなにかがあるらしい。実に興味深いな。
フランコ 船長、みんなの力をもってしても二人を救い出すことができません。どうします?
マッシーモ ひとまず全員船にもどせ。
フランコ 引きあげろ!全員、船にもどれ!
マッシーモ これからあのバケモノをまっぷたつにする。それしか二人を助ける方法はない。

 みんなは急いで船にあがりこむ。アルゴ号はまず後ろにさがると、全速力でオバケクラゲに向かって突き進む。船はオバケクラゲをまっぷたつに切りさいた。ザンドラとルーセッタが顔を出す。みんなは歓声をあげる。二人はみんなに迎えられて船にあがってくる。

パオロ これはわたしの責任だ。きみたちを危険な目にあわせたことを、どうか許してくれ。
ルーセッタ とんでもありません、博士。わたしたちはそのためにこの船に乗っているんですもの。
ザンドラ 危険は、私たちの仕事につきものです。

 と、その時。

フランコ 来た、来たぞ!
ラーンス 船長、ゴルドン船長、さまよえる台風です。
パンシーノー すさまじい速度でこっちに向かってきます。
マッシーモ ひるむな! 進め! 速度を上げろ! 台風の目まで直進するんだ!

 雷鳴に風雨。

フランコ エンジン、フル回転。
マッシーモ 流されるな。綱で体をしばれ!
ラーンス 気をつけろ。
マッシーモ あと三十秒後に台風の目に入る。がんばれ。

 風雨が静まる。

マッシーモ 台風の目に入ったようだな。
フランコ あっ、あ、あれはなんだ?
みんな あっ、あれは?
マッシーモ 博士、あの猛スピードでまわっているコマのようなものは、あれは一体なんです?
パオロ シュム・シュム・グミラスティクムだ。
みんな シュム・シュム・グミラスティクム?
パオロ あれこそ、わたしがひと目見たいと長年探しもとめていたなぞの怪物だ。
みんな なぞの怪物?
マリア そう。あの怪物は地球が生まれた最初の時期から生息しているということですから、もう十億年以上も生きてきたことになります。
シルヴィア おそらく現在この地球上に生きているのは、この一匹だけでしょう。それほど貴重なものです。
マッシーモ だがわれわれがここにいるのは、あの怪物をやっつけるためなんだ。博士はあいつをやっつける、その方法を教えてくれなければ。
パオロ それはわたしにもわからん。科学があいつを見きわめる機会は、これまで一度もなかったからね。
マッシーモ しかたがない。それじゃ大砲を一発ぶちこんでみよう。
パオロ とんでもない、シュム・シュム・グミラスティクムのたったひとつの生き残りを撃ち殺すなんて。
マッシーモ ここはわたしに任せてください、。博士。対怪物砲用意!
フランコ 対怪物砲用意!
マッシーモ 発射用意!
パンシーノー 発射用意!
マッシーモ 発射!
パンシーノー 発射!

 みんなは大砲の行き先を見る。だがはずれた。みんなの落胆の声。

マッシーモ 大砲がだめだとなると、一体どうすればいいんだ。
シルヴィア 博士、なにかいい考えはないですか?
モモ (博士の袖を引っ張って)マルンバ、マルンバ、オイシトゥ、ソノ、エルヴァイニ、サンバ、インサルトウ、ロロビンドラ、クラムーナ、ホイ、ベニ、ベニ、サドガウ。
パオロ ババルー? ディディ、マハ、ファイノシ、イントウ、ゲイネン、マルンバ?
モモ ドド、ウム、アウフー、シュラマート、ヴァヴァーダ。
パオロ オイ、オイ。
マッシーモ どうしろと言ってるんです?
パオロ この人が言うにはね、彼女の民族には古い古い歌がつたわっていて、その歌をつむじ風に向かって歌えば、「さまよえる台風」はおとなしく眠りこんでしまうそうだよ。
マッシーモ ばかばかしい、台風に子守歌なんて。
パオロ はじめから偏見をもつのはよくないね。原住民の言い伝えの奥深くには、真実がひそんでいることが多いんだ。
マッシーモ じゃ、一度ためしてみましょう。その子に歌うように言ってください。
パオロ マルンバ、ディディ、オイサファール、フーナ、フーナ、ヴァヴァドゥ?
モモ (うなずいてから歌う) エニ、メニ、アルーベニ、ヴァナ、タイ、スースラ、テニ。

 モモに合わせてみんなも歌う。そして手をたたきながら飛び回る。すると、嵐は突然ぴたりと止む。雨は上がり、空は青く晴れわたる。

フランコ あっ、シュム・シュムが沈んでいく。
ラーンス 嵐がやんだ。
マッシーモ 諸君、ついに成功した。わたしは諸君のことを誇りに思う。

 みんなは特別の感銘を受ける。そして、突然現実にもどって。

ルーセッタ あれっ、あなたの服びしょぬれよ。
フランコ そういうおまえの服もびしょぬれだよ。
デデ 雨が降ったんだわ。
マリア いつの間に降ったのかな?ちっとも気づかなかった。

 子どもたちは笑いあう。その時、カナリアが美しい声で鳴く。

ルーセッタ モモ、カナリアが鳴いている。鳴いているわよ。
エミリア ほんと。カナリアが鳴いている。

 大喜びの子どもたちとモモ。

語り手 子どもたちは、まだしばらくいまの冒険とカナリアのおしゃべりを続けていましたが、やがてうちに帰って服をかわかそうと別れてゆきました。

 「じゃ、また明日ね」「モモ、さようなら」「楽しかったね」などの子どもの声。

語り手 ただ、一人だけさっきの航海ごっこの結末に不満の子がいました。
パオロ やっぱりあれは残念だったな。あの種の生物のたった一匹の生き残りシュム・シュム・グミラスティクムをあっさり海にしずめちゃったなんて。ほんとはぼく、もっとよく研究したかったんだ。
語り手 それでも、ひとつのことについては、いままでと変わらずみんなの意見が一致しました。それは、モモといっしょのときほど楽しく遊べるときはない、ということです。

第4場 無口なおじいさんとおしゃべりな若者

 円形劇場。ひそやかな、けれどもとても壮大な、心にしみいる音楽が聞こえてくる。モモが出てきて、その荘厳な静けさに聞き入る。頭の上は星をちりばめた空の丸天井。しばらくすると、仕事帰りの道路掃除夫ベッポおじさんがやってきて、モモの隣にちょこんと座る。二人はしばらく音楽を聞く。語り手が出てくる。

語り手 どんなにたくさんの友だちがいても、たいていの場合、その中には特別に好きな親友いとうものがひとりかふたりはあるものです。モモの場合もそうでした。
ベッポ なあモモ、とっても長い道路を掃除することがあるんだ。おっそろしく長くて、これじゃとても無理だ、こう思ってしまう。そこでせかせかと働きだす。だけどどんなにスピードをあげても残りの道路はちっともへっていない。そこでもっとすごい勢いで働きまくる。そして、しまいには息がきれて動けなくなってしまう。こういうやりかたはいかんのだ。
モモ (うなずく)
ベッポ いちどに道路全部のことを考えてはいかん。次の一歩のことだけ。次のひと息のことだけ。次のひと掃きのことだけを考えるんだ。ひと足、ひと息、ひと掃き。ひと足、ひと息、ひと掃き。すると、楽しくなってくる。これが大事なんだな。楽しければ、仕事がうまくはかどる。

 モモはベッポのほうきをかりて真似る。二人は楽しそうに掃除をする。

語り手 モモのもうひとりの親友は、あらゆる点でベッポおじさんと正反対の若者でした。名前はジロラモなのですが、みんなジジと呼んでいました。

 夫婦づれの観光客がやってくる。

語り手 観光ガイドがジジのひとつの仕事です。ジジはそのためにいつも帽子をかぶっています。ジジはもっともらしい顔をして観光客に近づくと、ガイド役をかってでます。
ジジ 自由の国アメリカからおこしでしょ?
観光客の夫 (うなずく)
ジジ この廃墟にまつわるとても面白い話があるんですが、お聞きになりませんか?
観光客の夫 (うなずく)
ジジ これは巨大なまんまるな水槽で、このいちばん上のふち、ここまで水が張ってありました。
語り手 相手がそれに乗ってくると、口からでまかせの事件や人物をこしらえあげて、ありとあらゆる大嘘をならべます。
ジジ (語り手の話す間のパントマイム) そこで女帝はあそこの場所にひとりで座って大きな魚が金になるのはいまかいまかと見張っていました。(台詞で)このすきを狙って軍隊が押し寄せてきて、あっという間にクルシメーアを占領してしまいました。そして女帝は、この水槽に身を投げて死んだということです。
観光客の夫 それはおまえの作り話だ。でたらめにもほどがある。
ジジ でたらめ?じゃ詩人はどうなんだい?詩集を買うやつは無駄な金を払っているというのかい?それに学者の書いた本に出てくるかこないかってことが、そんなに重要なことなのか?学者の書いたものだって、ただの作り話かもしれないじゃないか。
観光客の夫 ・・・・・・
ジジ ほんとうだとか嘘だとか、いったいそれがどうした? 千年も昔にここでどういうことがあったか知ってるやつがいるってのか? えっ、どうなんだい?
観光客 いないよ。
ジジ ほらみろ。ならどうしておれの話が嘘だなんて言える? もしかしてほんとうにそういうことがあったかもしれないじゃないか。
観光客の子ども パパ、早く行こうよ。美術館閉まっちゃうわよ。
観光客の妻 あなた、早く行きましょう。
観光客の夫 まったく口からさきに生まれてきたような奴だ。さあ、こんなの相手にしないで行こう。
ジジ おい、金はどうした? 金を払っていけよ。

 ジジは金を催促するが、観光客は払わないで行ってしまう。

語り手 このように怒って帰ってしまう人もありますが、たいていはほんとうの話だと信じて、ジジが帽子をさし出すとお金をいれてくれるのです。ジジは物語を話すことがなによりも好 きでした。とりわけ好きだったのは、モモに話してやることでした。もちろんこれは商売ではありません。
ジジ なあモモ、おれだってその気になれば金持ちになれるさ。だけど金持ちになるために命も魂も売ってしまうなんてことは、おれにはできないよ。ジジはやっぱりジジのままでいたいよ。
モモ そうね。わたしもいろんな話をしてくれる今のままのジジが好きよ。ねえなにかお話をして?
ジジ いいよ、だれの話にしようか?
モモ モモとジロラモのお話がいちばんいいわ。
ジジ どういう題にしようか?
モモ そうね・・・・・・魔法の鏡っていうのはどう?
ジジ 素敵だね。よし、どんな話になるかやってみよう・・・・・・むかし、むかし、モモという名の美しいお姫さまがありました。高い高い雪山のいただきにそびえる、色とりどりのガラスのお城に住み、いつも絹とびろうどのきものを着て暮らしていました。お姫さまは、食べるもの、着るもの、何ひとつ不自由のない暮らしをしていました。けれど、お姫さまはひとりぼっちでした。
モモ どうして?
ジジ お姫さまのまわりにあるものは、召使も、犬も、猫も、鳥も、そして花までも、ぜんぶがぜんぶ鏡に写ったただの影だったからです。
語り手 観光ガイドのジジと道路掃除夫のベッポ。これほどちがった人間が仲良しだなんて、そんなことはありえない、と考えるのがふつうでしょう。ところが、ふたりはほんとうに仲良しなのです。それというのも、このふたりの話にじっと耳を傾ける小さなモモがいたせいなのかもしれません。三人のうちのだれひとり、じぶんたちの友情にもうすぐ暗い影がさすだろうなどとは、思ってもみませんでした。その影はじわじわとひろがりながら、はやくもこの大都会の上に暗く冷たくかぶさってきていたのです。

第5場 インチキで人をまるめこむ計算

 雨。床屋のフージーの店。

フージー おれの人生はこうやって過ぎていってしまうのか。おれは生きていてなにをやった?毎日客の頭をかってひげを剃る。まったく石鹸の泡みたいな人生だ。ああ、もっとましな生活をしたい。だけどおれには、時間がなさすぎる。

 傘をさした灰色ずくめの男三人が来る。

フージー いらっしゃいませ。
灰色の男@ わたくしどもは時間貯蓄銀行の者です。
フージー えっ?なんの銀行?
灰色の男A 時間貯蓄銀行です。あなたはわたくしどもの銀行に時間をおあずけになりたいとお考えですね?
フージー 時間をあずける?とんでもない。
灰色の男B おかしいですな。あなたは床屋のフージーさんでしょう?
フージー ええ。

 と、灰色の男はメモ帳をめくって。

灰色の男B ほら、ここにたしかに書いてあります。 
灰色の男@ フージーさん、あなたは今こんなことを考えていらっしゃいませんでしたか? おれの人生はこうやって過ぎていってしまうのか。
灰色の男A おれは生きていてなにをやった?
灰色の男B 毎日客の頭をかってひげを剃る。
灰色の男@ まったく石鹸の泡みたいな人生だ。
灰色の男A ああ、もっとましな生活をしたい。
灰色の男B だけどおれには時間がなさすぎる。
フージー (ドキッとして)ど、どうしてわたしの心が見えるんです。
灰色の男@ フージーさん、要するにあなたが必要としているのは時間だ。そうでしょう?
フージー ええ。
灰色の男A だけど時間はどこから手に入れます?
フージー ・・・・・・・
灰色の男A 節約するしかないんですよ。フージーさん、あなたはじぶんの時間を無駄使いしています。ちょっと計算してみましょうか。一分は六十秒、一時間は六十分。この計算についてこれますか?
フージー (うなずく)
灰色の男B 六十かける六十で三千六百。つまり一時間は三千六百秒です。一日は二十四時間。三千六百の二十四倍で一日は八万六千四百秒。一年は三百六十五日。そうしますと、一年は全部で三千百五十三万六千秒になります。十年ですと、三億一千五百三十六万秒。フージーさん、あなたは何歳まで生きたいですか?
フージー 七十、いや八十歳までは生きたいですね。
灰色の男B では少なく見積もって七十歳としましょう。十年で三億一千五百三十六万秒だから、その七倍で、二十二億七百五十二万秒。

 灰色の男は2,207,520,000と鏡に大きく書く。

灰色の男B これがあなたの時間の全財産です。
灰色の男@ フージーさん、あなたは今おいくつです?
フージー 四十二です。
灰色の男@ 一日の睡眠時間は?
フージー だいたい八時間。
灰色の男@ 四十二年、毎日八時間、それだけでもう四億四千百五十万四千秒も無駄にしてしまったということになりますな。仕事の時間は?
フージー やはり、八時間くらい。
灰色の男A すると、やはり同じだけの数字を損失勘定のほうに入れなくてはなりませんな。
灰色の男B ところで、人間は食べなきゃ生きていけないから、この時間も無駄ということになる。三度の食事の時間は?
フージー 二時間くらいでしょうか。
灰色の男B ええと、四十二年で、一億一千三十七万六千秒。
灰色の男@ 次にいきましょう。あなたは、年とったお母さんと二人ぐらしですね。
フージー (うなずく)
灰色の男@ あなたは、そのお母さんと、毎日まる一時間も無駄なおしゃべりをする。これが五千五百十八万八千秒の損失。
灰色の男A それから、役に立たないカナリアまで飼っていて、その世話に毎日十五分も使っている。これが一千三百七十九万七千秒の損失。
フージー (あわれっぽく) しかし・・・・・・・
灰色の男@ よけいな口ははさまないでください。

 灰色の男はますます計算のスピードをあげていく。

灰色の男@ あなたのお母さんはからだが不自由だから、家事も自分でしなければならない。その時間は?
フージー 一時間くらい。
灰色の男@ すると、無駄になった時間は、さらに五千五百十八万八千秒。
灰色の男A またあなたは毎週一回、映画に行く。毎週一回、合唱団の練習に出て、週に二回、行きつけの飲み屋に行き、あとの晩は友だちと会ったり、本なんか読む。ようするにあなたは役に立たないことに時間を浪費して、それがなんと一日に三時間、全部で一億六千五百五十六万四千秒。
フージー ・・・・・・
灰色の男@ どうしました、フージーさん?気分でも悪いんですか?
フージー なんだか寒気がして・・・・・・
灰色の男@ もうすぐ終わります。ところでフージーさん、あなたは秘密にしていることがありますね?
フージー (寒くて歯をガチガチ鳴らす)
灰色の男@ ダリアさんのこと?
フージー そんなことまで知っているんですか?
灰色の男@ ダリアさんと結婚なさるおつもりですか?
フージー いえ、それは無理です。
灰色の男@ そのとおり。なにしろダリアさんは足が悪くて、一生車椅子の生活です。なのにあなたは毎日花を持っていくために半時間も使っている。なぜです?
フージー (泣きそうになって) だって、彼女がとっても喜び・・・・・・
灰色の男@ くだらん!それは無駄な時間だ。二千七百五十九万四千秒もの損失です。
灰色の男A その上あなたは、毎晩寝る前に十五分も窓のところに座って、一日のことを思い返す習慣がある。これは一千三百七十九万七千秒のマイナスです。
灰色の男@ では、これでいったいあなたにどれくらいの時間が残っているか計算してみましょう。

 鏡の上に次のような計算表ができあがる。

 すいみん 441504000
 仕事 441504000
 食事 110376000
 母 55188000
 カナリア 13797000
 家事 55188000
 友人・合唱ほか 165564000
 秘密 27594000
 窓 13797000
 合計 1324512000

灰色の男@ この合計がつまり、あなたがこれまでに浪費してしまった時間なんです。十三億二千四百五十一万二千秒。ではこんどはあなたが生まれてきた四十二年間で、どれだけの残りがあるか見てみましょう。一年は三千百五十三万秒。その四十二倍で、十三億二千四百五十一万二千秒。これに、さっきの無駄に使ってしまった時間を差し引くと・・・・・・

 数字を下に書いて引き算をする。

灰色の男三人 ゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロ。
フージー ゼロ!ああ、これがおれの人生か。
灰色の男@ (やさしい声で) どうですフージーさん、こんなに時間を無駄にしてはいけないと思いませんか?節約をはじめようという気持ちになりませんか?
灰色の男@ これから先の二十年間、一日二時間の節約をなさったとすると、あなたはわたくしどもの時間貯蓄銀行に、なんと一億五百十二万秒もの時間を貯金したことになるのです。
フージー (感動して)すごい!
灰色の男A ところがね、フージーさん、もっといいことがあるんですよ。わたくしども時間貯蓄銀行は、あなたの時間をあずかっておくばかりじゃなく、利子まで払うんです。
フージー 利子?
灰色の男@ そうです。もしあなたがあずけた時間を五年間引き出さなかったら、それと同じだけの利子がつきます。あなたの財産は五年ごとに二倍になるんです。
灰色の男B 十年たてば四倍、十五年で八倍というように、ねずみ算式にどんどんふえていきます。もしあなたが二十年前に一日二時間の節約をはじめていたら、六十二歳のときには、四十年ですから二百五十六倍、なんと二百六十九億一千七十二万秒にもなるんです。すごいでしょう?

 灰色の男は鏡に26,910,720,00 0秒と書き加える。

フージー ああ、おれはなぜもっと早く節約しなかったんだ。教えてください。具体的にはどうすればいいんです?
灰色の男@ 簡単なことです。たとえば、仕事はさっさとやる。ひとりのお客に一時間もかけないで、十五分ですます。
灰色の男A 無駄なおしゃべりはやめる。
灰色の男B 年寄りのお母さんとすごす時間は半分にする。できれば養老殷に入れてしまうことですな。
灰色の男@ 役立たずのカナリアなんか飼うのはやめなさい。
灰色の男A ダリアさんの訪問もせめて二週間に一度、
灰色の男B 一日のことを思いかえすこともやめてしまう。
灰色の男@ 歌だの本だの、友だちづきあいなんか、きっぱりとやめてしまうことです。
フージー わかりました。でも、そうやって節約した時間は・・・・・・その時間はどうします?わたしがおたくの銀行に持っていくんですか?
灰色の男A その必要はありません。あなたの節約した時間は、一秒のまちがいもなく、自動的にわたくしどもの銀行に入ります。
フージー そうですか、それならおまかせしましょう。
灰色の男@ おめでとうフージーさん。これであなたも
灰色の男三人 立派な現代人というわけです。

 灰色の男は帰り支度をする。

フージー あのう、契約書はないんですか?サインはいらないんですか?
灰色の男@ (おだやかに) どうしてそんなものがいるんです? フージーさん、わたくしどもの時間貯蓄銀行は、お客様との完全な信頼関係に成立っています。
灰色の男A どのくらい節約するかは、あなたにおまかせします。
灰色の男B けっして強制なぞしません。

 灰色の男は去る。

フージー よーし、おれは今日から変わるぞ。一分、いや一秒でも多く時間を節約するぞ。

 その時、カナリアが鳴く。

フージー うるさいな。おとなしくしろ。

 カナリアかまわず鳴く。

フージー ええい、おまえの世話なんかするのは、もうコリゴリだ。逃がしてやるから、どこでも好きなところへ飛んでいけ!

 フージーが鳥籠のフタをあけたところで、照明急速に暗くなる。

第6場 友だちの訪問

 円形劇場にモモ、ベッポ、ジジ、子どもたち。 新しい子どもが六人加わっている。ラジカセの音がやかましい。

フランコ おい、そのラジカセうるさいよ。もうちょっと小さくできないのか?
シルヴィア うるさいわよ。
クラウディオ えっ、なんか言った?ラジカセの音が大きすぎて聞こえないよ。
マリア この子、ばかじゃない。
フランコ だから言ってるんだ。ラジカセの音をさげろって。
マッシーモ ボリュームをさげろ!
クラウディオ きみたちのほうがよっぽどうるさいよ。だけどさ、ぼくにとやかく言う権利はないよ。だれにもないさ。
フランコ なにを!

 フランコはクラウディオを殴ろうとする。ク ラウディオ逃げながら。

クラウディオ だってそうじゃないか。ぼくのラジカセだもの。どんなに大きくしようがぼくの勝手だよ。
ベッポ それはそうだ。あの子に禁止することはできない。せいぜい頼むぐらいだよ。
フランコ よそで聞きゃいいんだ。あいつときたらおれたちの邪魔ばっかりしやがる。
ベッポ それにはなにかワケがあるんだ。

 クラウディオはラジカセの音をさげる。モモ が隣に行くとラジカセのスイッチを切る。しばらくは気まずい雰囲気。

デデ ねえ、ジジ、なにかお話して?
パオロ そうだ、それがいい。
フランコ おもしろい話がいいな。
ラーンス こわい話がいいよ。
ザンドラ こわい話なんていや。
マッシーモ 冒険物語だ。
ジジ それより、みんなの話を聞きたい。(新しい子たちに)おまえたちはどうしてここへやってくるんだい?
カタリーナ あたしはね、行きたければ毎日でも映画に行かしてもらえるの。うちの人はみんな忙しいから、そのかわりお金をくれるの。でも、そんなのいやだから、あたし内緒でここに来て、そのお金はためてるの。
キャサリン あたしもお小遣いはみんなためてるの。たくさんたまったら、イギリスの妖精のところへ行くわ。
カタリーナ ばかね、イギリスの妖精なんかいるわけないじゃない。
キャサリン いるわよ、絶対にいるわよ。
ジジ おまえはどうだ?
ルシアーナ うちはね、すごく立派な自動車を買ったの。大きくなったら、あたしも自分の車を持ちたいな。
カタリーナ うちなんか、家を建てたんだから。子供部屋だってちゃんとあるのよ。
ビアンカ あたしはもうお話のCDを十一枚も持ってるの。むかしはお父さんがよく話してくれたけど、いまは全然。だってお父さん、お酒飲んだらバタンキュー、すぐ寝てしまうんだもの。
マリア で、お母さんは?
ビアンカ お母さんだって、一日中留守よ。
マリア うちも同じよ。だけどあたしには妹がいるわ。学校から帰ると、電子レンジでごはんあっためて、ふたりで食べるの。それから宿題をして、それからまあ、暗くなるまでここで遊ぶってわけ。
フランコ おれは本当はうれしいんだ。おやじもおふくろも忙しくて、おれをかまっていられないからね。暇だと二人はすぐにケンカして、いつもおれがぶん殴られるはめになるんだ。
クラウディオ でもぼくはな、ぼくは前よりずっとたくさんお小遣いをもらってるぜ。
パオロ それはな、大人がおれたちを厄介払いするためなんだ。大人は子どもが嫌になった。大人自身も嫌になった。なにもかも嫌になった。
クラウディオ そんなことあるもんか。ぼくの親はぼくを大事に思ってるよ。だけど忙しいんだ。しかたがないじゃないか。その代わりにぼくにラジカセまで買ってくれたんだ。とっても高いんだぜ。これがいい証拠じゃないか。

 クラウディオは泣く。とめどもなく涙が流れ る。みんなも身につまされる。

第7場 敵の訪問

 暑い昼下がり。精密な人形が置いてある。モモがこの人形を見つける。モモは吸いつけられるように人形を見る。そして触る。

ビビガール こんにちは。あたしはビビガール、完全無欠なお人形です。
モモ (ぎょっとして) こんにちは。あたしはモモよ。
ビビガール あたしはあなたのものよ。あたしを持っていると、みんながあなたをうらやましがるわ。
モモ あたしのものだなんて・・・・・・だれかが忘れていったんだと思うけど・・・・・・
ビビガール あたし、もっといろいろなものがほしいわ。
モモ そう? あたしの持ってるもので、あなたの気に入るものがあるかしら。ちょっと待ってて。

 モモは穴に入り、宝物の箱を持ってくる。

モモ ほら、これがあたしの宝物よ。気に入るものがあったら言って。

 モモはいろいろな宝物を見せるが、人形がなにも言わないのでドンとつつく。

ビビガール こんにちは。あたしはビビガール、完全無欠なお人形です。
モモ それはもうわかったわ。でもあなた、なにかほしかったんでしょ。これはどう?
ビビガール  あたしはあなたのものよ。あたしを持っていると、みんながあなたをうらやましがるわ。
モモ それはさっき聞いたわ。ほしくないんなら、なにかして遊ばない?
ビビガール あたし、もっといろいろなものがほしいわ。
モモ これしかないの。さあ、お客さんごっこをしましょ。
ビビガール こんにちは。あたしはビビガール、完全無欠なお人形です。
モモ まあ、よく来てくださったわ。お嬢さまはどこからおいでになりましたの?
ビビガール  あたしはあなたのものよ。あたしを持っていると、みんながあなたをうらやましがるわ。
モモ だめよ、そんなに同じことばかり言っちゃ遊べないじゃないの。

 モモはどうしていいかわからず座り込む。そこへ石段の上の方から。

 すごい人形を持ってるんだね?

 モモは寒気がしだす。灰色の男だ。

灰色の男 きっと高かっただろうね?
モモ 知らないわ。拾ったんだもの。
灰色の男 (不適な笑いで)どうもきみは、その人形の遊び方を知らないみたいだね。
ビビガール あたし、もっといろいろなものがほしいわ。
灰色の男 ほら、きみに話しかけているだろう。こんなすばらしい人形と遊ぶには、ほかの人形と同じやり方をしちゃだめだ。なにかをあげるんだ。

 灰色の男はトランクを開ける。

灰色の男 まず洋服だ。イブニングドレス、ミンクの毛皮のコート、絹のナイトガウン、テニス服にスキー服、水着、乗馬服、パジャマ、ネグリジェ。どうだ、これだけあればしばらくは遊べる。だが、ニ・三日すると飽きる。飽きたらほかのもので遊べばいいんだ。ハンドバッグに口紅にコンパクト、小さなカメラ、テニスラケット、小型テレビ、ちゃんとうつるんだよ。それからブレスレット、ネックレス、イヤリング、ピストル、靴下、帽子、ゴルフクラブ、香水。わかったかい、次から次へといろんなもので遊べば、飽きるなんてことはない。でも、きみはこう思うかもしれないね。完全無欠なビビガールにすべてが揃ったときは、やっぱり飽きてしまうって。そしたら、今度はビビボーイと遊ぶんだ。そしてビビボーイにも飽きたら、ビビガールの友だちと遊ぶんだ。ビビガールの友だちに飽きたら、ビビボーイの友だちと遊ぶんだ。ビビボーイの友だちに飽きたら、ビビガールの友だちの友だちと遊ぶんだ、どうだ、これでわかっただろう。こうして遊べば、もう絶対に、永遠に飽きることはない。
モモ ・・・・・・・
灰色の男 どうだい、すごいだろう。この人形はみんなきみにあげよう、全部あげよう。
モモ (かぶりをふる)
灰色の男 ええっ、これでも足りないっていうのか?
モモ ううん、いらないの。あたし、この人形、どうしても好きになれない。
灰色の男 ・・・・・・
モモ でも、あたしの友だちなら好きよ。
灰色の男 友だち?(笑う)いいかい、人生で大事なことは、成功することだ。ほかの人より成功し、偉くなり、金持ちになった人間には、愛だの、名誉だの、友情だの、そんなもんはひとりでに集まってくるものなんだ。おまえはさっき、友だちが好きだと言ったな。だけど、おまえがいることで、その友だちはどんな利益を得てるんだ?おまえのおかげで偉くなり、金を儲け、成功したのか?時間を節約して努力している友だちをはげましているのか? 実はその反対だ。おまえはそういうことを全部邪魔している。邪魔しているばかりじゃない。毒を流している。おまえは本当はみんなの敵だ!
モモ ・・・・・・
灰色の男 だからこそわれわれは、おまえの友だちをおまえから守ろうとしてるんだ。われわれはみんなを成功させてやりたい。われわれこそ、みんなの本当の友だちなんだ。
モモ われわれってだれのこと?
灰色の男 時間貯蓄銀行の仲間のことさ。わたしはそこの外交員BLW553Cだ。
モモ BLW553C?
灰色の男 そうだ。いい名前だろう?
モモ よくないわ。じゃ、あなたを好きな人はあなたをBLW553Cって呼ぶの?
灰色の男 おれを好きな人? そんなものいるわけないじゃないか。
モモ どうして? あなたを好きになってくれる人は、一人もいないの?
灰色の男 ・・・・・・おまえみたいな人間ははじめてだ。人間がみんなおまえみたいだったら、われわれの時間貯蓄銀行はすぐにつぶれてしまう。われわれも死んでしまう。
モモ ・・・・・・
灰色の男 われわれは正体を隠しておかなくてはいけない。バレたら仕事ができない。われわれの仕事は、人間から生きる時間を一時間、一分、一秒とむしり取るんだ。人間が節約した時間は、人間には残らない。貯めておいてわれわれのために使うんだ。われわれの数は今どんどん増えている。だから、もっともっと時間がほしい、もっともっとだ!

 灰色の男はハッとして、自分の口を押さえる。

灰色の男 ど、ど、どうしたんだおれは。な、な、なにをしゃべっているんだ。おれは狂ってしまった。お、お、おまえのせいだ。た、たのむ、忘れてくれ。お、おれが今しゃべったことはみんなでたらめだ。忘れてくれ。

 灰色の男はモモをゆさぶる。モモは必死にこらえる。突然、灰色の男は仲間に見られてると思ってあたりを見回し、慌てて逃げていく。すると、人形たちも「あたし、もっといろいろなものがほしいわ」を連呼して一斉に消えていく。その不思議な様子を見まもるモモ。

第8場 ひらかれなかったよい集会

 円形劇場。午後三時。大勢の興奮した声が飛び交っている。

ジジ 静かに、静かに。今のモモの話でおおよそのことはわかっただろう。大勢の人たちが時間を節約してる。それなのに時間は少なくなる一方だ。それはなぜだ?節約した時間を奪うやつがいるからだ。これが時間泥棒だ。しかし、こんな時間どろぼうなんか、みんなの力を借りればいっぺんに吹き飛ばせるんだ。どうだい、おれたちと一緒にたたかう勇気のある子はいないか?
クラウディオ ぼくはやる。
子どもたち ぼくも、ぼくもやる。
ジジ よーし、じゃ、これからどうするか相談しよう。
パオロ でもさ、どうやって時間なんか盗めるのかな?
クラウディオ そうだよ。だいいち、時間っていったいなんだろう?

 だれも答えられない。

マリア 時間って、もしかすると原子みたいなものじゃないかしら。
マッシーモ あのさ、カセットデッキで音をとれば、音はみんなテープにのってるだろう。だからきっと、やつらは時間をとる機械を持っているんだ。だからその機械をさがし出せばいい。
パオロ どっちにしろ、ぼくたちに力をかしてくれる科学者を探さなきゃだめだよ。
フランコ なにかっていうと、おまえは科学者、科学者だ。かりにそういう科学者を見つけたとしてもだよ。そいつが時間泥棒じゃないって、どうしたらわかる?
ベッポ まったくだ。
カタリーナ わたしは、警察に届けるのが一番いいと思うけど。
ラーンス 警察になにができる?ふつうの泥棒とわけがちがうんだぞ。
カタリーナ だったらどうすればいいのよ。
ジジ いいかいみんな、この時間泥棒が力を持っているのは、やつらが人に知られずに働けるからなんだ。だから、一番いい方法は、あらゆる人たちに、やつらのほんとうのことを知らせることだ。デモをやろう。プラカードやのぼりを作って、町じゅうの人たちにこの円形劇場で説明集会をするから来てくださいって、呼びかけるんだ。
子どもたち そうだ、そうだ。
ジジ (自分に酔って)そうすれば、何千、何万もの人々がここに押しよせてくる。そして、ここは見わたすかぎりの人波でうめつくされる。その時、ぼくたちはおそろしい秘密をみんなに明かすんだ。そうしたら、そうしたら世の中は一瞬にして変わる。時間はまたいくらでもたっぷりあるようになる。みんなやってくれるか?

 みんなは歓声をあげて応える。音楽。子どもたちはそれぞれプラカードを持って歌う。ブラカードは「時間のせつやく?でも、だれのために?」「なぜ、時間がないのか?ぼくたち子どもが教えてあげよう!大集会に来て!」「日ようび6時」「注意!みんなの時間に一大事がおこっている」「時間はどこにいったか?このひみつをおしえよう!」「子どもたちは大きい声でよびかける!みんなの時間は、ぬすまれてるぞ」など。

みんな (歌う)
 みんな聞いとくれ
 ぼくらの言うことを
 もうすぐ十二時になるぞ
 さあ目をさまして、気をつけろ
 時間をぬすみに、やつらが来る
 みんな聞いとくれ
 ぼくらの言うことを
 もう苦しまなくてもいい
 さあ、午後六時に集まるんだ
 そしたらみんなは自由になる

 ジジとベッポとモモを先頭に、みんなは行進してゆく。照明ゆっくり暗くなる。そしてふたたび照明がつくと、日曜日の六時をとっくに過ぎた頃。夕日が円形劇場の一番上の石段に斜めに射している。子どもたちは元気がない。

パオロ 待っててもしょうがないよ。だれもきやしないさ。
マリア モモ、ごめんなさい。あたし帰るわ。
モモ (うなずく)
マリア デデ? さようなら。
デデ さようなら、モモ。

 みんなはそれぞれ「さようなら」と言って帰る。

フランコ 大人なんてどうしようもないな。おれはもう絶対に大人はあてにしないことにする。

 ベッポも立ち上がる。

モモ 帰っちゃうの?
ベッポ 特別勤務があるんだ。
モモ こんな時間に?
ベッポ ああ、ゴミ捨て場の仕事を割り当てられたのさ。
モモ でも、今日は日曜よ。それに、今まで一度もそんなことなかったじゃない。
ベッポ 人手不足だからしかたがないさ。
モモ 残念だわ、ずっとここにいてもらいたかったのに。
ベッポ わしだって行きたくはないよ。

 ベッポは去る。

ジジ おれも帰らなくちゃ。
モモ ・・・・・・
ジジ しょげるなよ。おれだってこんなことになるとは思わなかった。でも、面白かったよ。すごかったもんな。
モモ ・・・・・・
ジジ 明日になれば、また違って見えるさ。なにか新しいことを考えればいいよ。なにか新しい話をな。
モモ あれは、お話なんかじゃなかったのよ。

 ジジも去る。モモはひたすら待つ。

第9場 ひらかれたわるい集会

 暗闇に突然サーチライト。だれかを捜しているように動く。

マイクの声 ナンバーBLW553C、ナンバーBLW553C、ナンバーBLW553C。

 サーチライト客席中央後方で止まる。
 
マイクの声 ナンバーBLW553Cだな。前へ。

 ナンバーBLW553Cは歩いていく。

マイクの声 止まれ!生まれたのはいつだ? 
BLW553C 十一年三カ月六日八時三十二分十八秒前です。
マイクの声 被告は、われわれの掟「子どもに手を出すのは最後にせよ」を知っていたか?
BLW553C はい。
マイクの声 にもかかわらず、被告はモモという子どもに近づいた。それはなぜだ?
BLW553C それは、モモがほかの人間たちに影響力を持っていて、われわれの仕事をいちじるしく妨げているからです。わたしは、時間貯蓄銀行のためによかれと思ってやりました。
マイクの声 被告がよかれと思ったかどうかなどは、どうでもいい。大事なことは、その結果だ。被告は、今回の件でわれわれのために一秒の時間も獲得できなかったばかりか、その子にわれわれのもっとも重要な秘密をもらした。被告はそれを認めるか?
BLW553C はい、認めます。しかし裁判長、あの子がわたしの話を聞く聞き方は、わたしからなにもかも吐き出させてしまうような一種独特な聞き方なのです。わたしだけでなくだれでも同じ結果になったことでしょう。
マイクの声 情状酌量の余地はない!判決を申し渡す、被告ナンバーBLW553Cに対し、当法廷はこれを有罪と認め、死刑を宣告する。
BLW553C そ、そんなばかな。わたしは狂わされたんだ。た、たすけてくれ!

 二人の影が書類鞄と葉巻をひったくる。すると罪人は、あっという間に消えてしまう。

マイクの声 いいか、事態がどれほど深刻か、これでわかっただろう。今すぐモモを捕まえるのだ。時間貯蓄銀行員はすべて他の行動を中断して、モモの捜索にあたれ!

 灰色の男たちは、ライトを点灯し、四方八方に散ってゆく。

第10場 はげしい追跡と、のんびりした逃亡

 円形劇場。モモは相変わらず石段に座りつづけ、なにかを待っている。そこへ大きなカメが出てくる。

モモ (嬉しく) まあカメさん、あなたが来てくれたのね。あたし待ったかいがあった。とってもうれしいわ。

 カメの甲羅が光る。

モモ あら、なにか字が書いてある。ツ、イ、テ、オ、イ、デ・・・・・・ツイテオイデ?
カメ (うなずいて動き出す)
モモ あたしに言ってるの?
カメ (振り返る)
モモ あたしのことらしいわ。さあ、行って。わたし、あなたについて行くわ。

 モモはゆっくりカメについて行く。モモとカメ去る。しばらくして灰色の男が出てくる。穴の中を見てから。

灰色の男 いない、もぬけのカラだ!
灰色の男 逃げられたか?
灰色の男 そんなバカな。まだ近くにいるはずだ。このあたりをくまなく捜せ!

 灰色の男たちは四方八方に散る。照明暗くなって、また明るくなると別の場所。カメとモモ出てくる。

モモ ねえ、カメさん。いったいどこに連れて行くの?
カメ (甲羅が光る)
モモ シ、ン、バ、イ、ム、ヨ、ウ・・・・・・シンバイムヨウ(笑って)心配なんかしていないわ。

 モモがカメについて行くと、突然不思議な明かりが降り注ぐ。モモはカメについて、その光の柱を通り過ぎる。それを灰色の男が発見する。男は去り、灰色の男の頭を連れて出てくる。

灰色の男 あそこです。あそこを歩いてます。
灰色の男 よーし、もうこっちのものだな。かかれ!

 灰色の男たちは猛スピードでモモを捕まえようとする。だが、光の柱を通り過ぎることができない。
 
灰色の男 こ、これはどうしたことだ?
灰色の男 ちくしょう、走っているのに前に進まない。
灰色の男 速度をあげればあげるほど、前に進まなくなってしまう。
灰色の男 なにをやっているんだ?早くモモを捕まえろ!(突進するがはね返される)だめだ。前に行けない。わからんな、どうして前に行けないんだ。モモはここを通っていったというのに。
灰色の男 もしかして、ここは時間の境界線ではないでしょうか。
灰色の男 時間の境界線?そんなバカな!
灰色の男 でもげんにわれわれは、ここから一歩も前に進むことができません。
灰色の男 なら、どうしてあの子は、生きたまま時間の領域の外に出られたんだ。死んだというなら話はわかるが。
灰色の男 だからあの子は、ふつうの子ではありません。あの子には生きたまま時間の境界線を渡れる不思議な力がそなわっています。

 灰色の男たちが不思議そうにみまもる中、モモはカメに連れらてゆっくり、ゆっくり歩いていく。天上から光りが降りそそいでくる。モモはその美しさと未知の体験にとても嬉しそう。その感極まったところで、幕がゆっくりおりてくる。

第二幕

第11場 モモ、時間の国につく


 カメに連れられてモモ出てくる。モモは道路標識を見る。

モモ サ、カ、サ、マ、コ、ウ、ジ、か。

 カメはどんどん前に進む。

モモ 待って、カメさん。待って、カメさん。あら、おかしいわ、あたしの声が聞こえない。

 そして、モモがカメの後を追おうとすると、前に行けない。

モモ カメさん、これじゃ、あたしそこまで行けない。助けてよ。

 カメはもどってくる。甲羅が光る。

モモ ウ、シ、ロ、ム、キ、ニ、ス、ス、メ・・・・・・後ろ向きに進むのね?
カメ (うなずく)
モモ (後ろ向きに進んで)不思議、歩けるわ。

 モモは後ろ向きに歩いていき、大きなドアの前にくる。

モモ あたしに開けられるかしら?

 すると、ドアはひとりでに開く。モモが中に入ると、そこはマイスター・ホラの部屋。さまざまな時計がある。奥から声が聞こえる。

奥の声 ああ、帰ってきたんだね、カシオペア。モモはつれて来なかったのかね?・・・・・・えっ?もう来てる?じゃ、どこにいる?
モモ ここよ。

 老人が出てくる。

老人 よく来てくれた、モモ。わたしはマイスター・ホラだ。
モモ あたしを、待っててくださったの?
ホラ そうだよ。だからわたしのカメをおまえのところへおくったのだ。(カメに)それにしてもカシオペア、おまえは驚くほど正確に時間に間に合ったね。
モモ カシオペアって言うの、このカメさん。
ホラ (うなずく)
モモ どうしてカシオペアにあたしを連れてこさせたの?
ホラ 灰色の男たちがおまえをつかまえようとしていたからだ。安全なところはここしかない。
モモ 灰色の男があたしをつかまえようとしてる?どうして?
ホラ おまえを恐れているんだ。おまえは彼らにとっていちばん困ることをしたからね。
モモ なにもしてないわ。
ホラ いや、したんだよ。彼らの仲間の一人にほんとうのことを白状させてしまった。そればかりか、そのことを大勢の友だちにしゃべった。おまえは、灰色の男たちにとっては憎い敵なのだよ。
モモ ならどうしてあたし、ここへ来るまでに捕まらなかったのかしら?とってものろのろ歩いてきたのに。
ホラ カシオペアはね、三十分先のことが見通せるのだ。だから、どの道を通れば灰色の男たちに見つからずにここへ来れるか前もってわかっていたのだ。
モモ 灰色の男たちのこと、よくごぞんじなの?
ホラ よく知ってるし、むこうもわたしのことを知っている。(金のめがねを渡し)これをかけてごらん?
モモ (めがねをかけて,) わあっ、灰色の男!・・・・・・あの人たち、どうしてみんな灰色の顔をしているの?
ホラ 死んだもので命をつないでいるからだよ。彼らは人間の時間を盗んで生きている。
モモ じゃ、灰色の男は、人間じゃないの?
ホラ 人間ではない。人間の姿をしているだけだ。ほんとうはいないはずのものだ。
モモ どうしているようになったの?
ホラ 人間がつくり出したからだ。そればかりか、今や人間は彼らに支配されようとしている。
モモ もし時間を盗むことができなくなったら、どうなるの?
ホラ もとの無に帰って消滅してしまう。
モモ でも、時間っていったいなんなのかしら?・・・・・・時間はある・・・・・・それはたしかだわ。でも、触ることはできない・・・・・・においみたいなものかな?でも、時間って、ちっとも止まってないで、動いていく・・・・・・風みたいなものかしら? ちがうわ・・・・・・そうよ、一種の音楽よ。とっても静かな音楽なんだわ。
ホラ (微笑んでうなずく)
モモ あたしは、その音楽をしょっちゅう聞いていた。
ホラ ・・・・・・
モモ ほら、水の上を風が吹くと、さざなみが起こるでしょ?そんなふうに聞いていたの。
ホラ (感動して) モモ、実はね、わたしが住んでいる「どこにもない家」は、あらゆる人間の時間のみなもとなのだよ。
モモ まあ、あなたが時間をつくっていらっしゃるの?
ホラ いや、わたしはただ時間をつかさどっているだけだ。わたしの務めは、人間ひとりひとりに時間を配ることなのだよ。
モモ それなら、時間泥棒が人間から時間を盗めないようにすることだってできるわけでしょう?
ホラ いや、それはできない。人間は自分の時間をどうするかは、自分自身で決めなくてはならないからね。わたしにできることは、時間をわけてやることだけだ。
モモ それで、たくさんの時計があるのね?
ホラ いや、これはわたしが趣味で集めただけなのだ。時計というのはね、人間ひとりひとりの胸の中にあるものをきわめて不完全に真似てかたどったものなのだ。光を見るためには目があり、音を聞くためには耳があるだろう?それと同じように、人間には時間を感じとるために心というものがある。しかし、悲しいことに、心臓はちゃんと生きて鼓動しているのに、時間をなにも感じとれない人がいる。
モモ すると、もしあたしの心臓が止まってしまったら、どうなるの?
ホラ そのときは、おまえの時間もおしまいになる。しかし、おまえ自身は、おまえの生きた年月の時間をさかのぼる存在になるのだ、人生を逆にもどって行って、ずっと前にくぐった人生への銀の門に最後にはたどりつく。そしてその門を今度はまた出ていくのだ。
モモ そのむこうはなんなの?
ホラ そこは、おまえがこれまで何度も聞きつけていた、あの音楽の出てくるところだ。そして今度は、おまえもその音楽に加わる、おまえ自身がひとつの音になるのだよ。
モモ ・・・・・・あなたは・・・・・・死なの?
ホラ ・・・・・・(微笑んで) もし人間が死とはなにかを知っていたら、こわいとは思わなくなるだろうにね。
モモ ・・・・・・
ホラ 時間のみなもとを見たいかね?
モモ (ささやくように) ええ。
ホラ 連れていってあげよう。ただしあそこでは、一言も口をきいてはいけない。黙って見ること。これが約束だ。
モモ (うなずく)

 ホラはモモの手を取り、スローモーションのようにゆっくり連れていく。

第12場 時間の花

 時間の花の池。その池の上には大きな振り子があり、左右にゆっくりゆれている。「時間の花」の音楽に乗って、時間の花の精たちがひとりふたりと出てきて踊る。モモはその時間の花の精たちの踊りを見る。時間の花の精たちは踊り終わると、一人ずつ咲いては消える、誕生と死をくりかえしている。泣きたいほど感動のモモはホラにすがりつく。二人はゆっくり去る。

第13場 言葉が熟すのを待つこと

 モモとホラがゆっくり歩いてくる。モモが立ち止まって。

モモ マイスター・ホラ、あたし、ちっとも知らなかった。人間の時間があんなに、あんなに大きいなんて。
ホラ あれはね、全部の人間の時間じゃない。おまえだけの時間だ。どの人間にもあのような場所がある。だが、あそこに行けるのは、わたしに連れていってもらえる人だけだ。
モモ あそこは、いったいなんなの?
ホラ おまえ自身の心の中だ。
モモ あたし、このこと、お友だちに話していい?
ホラ それはいいけど・・・・・・でも、話すためには、まずおまえの中で、言葉が熟さなくてはいけない。
モモ 話したいの、なにもかも。あそこで聞いた音楽をみんなにも歌ってあげられるといいな。そうしたら、なにもかもまたよくなるわ。
ホラ ほんとうにそうしたいのなら、待つことができなくてはね。
モモ 待つなんて、わけのないことよ。
ホラ いいかね、地球が太陽をひとめぐりする間、土の中で眠って芽をだす日を待っている種のように、待つことだ。言葉もそれと同じだ。長い時が必要なのだ。それくらい待てるかね?
モモ はい。
ホラ それでは、おやすみ。

 ホラはモモの瞼を軽くなでる。

ホラ 眠るのだよ。

 モモはすぐに眠りに落ちてゆく。

第14場 むこうでは一日、ここでは一年

 円形劇場。モモが友だちを待っている。

モモ カシオペア、教えて?どうして今日はあたしの友だち、だれも来なかったのかしら?
カシオペア (甲羅が光る)
モモ モ、ウ、ダ、レ、モ、イ、ナ、イ・・・・・・モウダレモイナイ、どうして?
カシオペア ・・・・・・
モモ まあいいわ、明日はかならず来てくれるもの。
カシオペア (甲羅が光る)
モモ モ、ウ、コ、ナ、イ・・・・・・どうして?あたしの友だちになにかあったの?
カシオペア (甲羅が光る)
モモ ミンナ、イナクナッタ・・・・・・そんな、だって昨日は大集会にみんな集まったじゃない。
カシオペア (甲羅が光る)
モモ アナタハ、ナガイコトネムッテイタ・・・・・・あたしは眠っていた?どれくらい?
カシオペア (甲羅が光る)
モモ マルイチネン・・・・・・一年も?一年も眠っていたの?
カシオペア (うなずく)
モモ でも、ベッポとベッポとジジは、あの二人はあたしを待っててくれてるわ。
カシオペア (甲羅が光る)
モモ モウダレモイナイ・・・・・・スベテハスギサッタ・・・・・・(泣きそうになって)でも、あたしは・・・・・・あたしはここにいる・・・・・・

 カシオペアは近づいてモモを抱く。

カシオペア (甲羅が光る)ワタシガイル

 この文字だけは観客にはっきり見える。

モモ (感動して)そうね、あなたがいてくれるわね。ありがとう、カシオペア。さあ、寝ましょう。

 モモは穴に入ろうとする。入り口に一通の手紙が貼ってある。

モモ (手にとって見て)カシオペア、ジジの手紙よ。(読む)大好きなモモ、ぼくは引越しした。 (ジジの声が重なっていく)
ジジ 帰ってきたらすぐに知らせてくれ、とても心配してたんだ。きみがいないと、とてもさみしい。きみの無事を願っているよ。おなかがすいたら、リリアーナのところへ行けばいい。勘定は全部、リリアーナがぼくのほうにまわしてくれる。だから、食べたいだけ食べていいんだよ。わかったね?詳しいことは、リリアーナがなにもかも話してくれるはずだ。ぼくのことを忘れないでくれ。ぼくはきみのことを大事に思っているよ。
モモ いつまでもきみのジジより。

 モモは手紙を抱きしめる。

第15場 食べものはたっぷり、話はちょっぴり

 スピード料理レストラン。レジの前に長い行列。レジにはリリアーナ。モモがカシオペアと一緒に出てくる。

モモ リリアーナ!
リリアーナ まあ、モモじゃないの。どこに行ってたの? 心配したわよ。
モモ ジジのいるところ知ってる?
リリアーナ ああ、知ってるよ。ジジはすっかり有名になっちまって、今ではテレビの大スターだ。ついこの間もテレビ局が来て、昔のことを聞いていったよ。
 早くしてくれよ。
モモ おい、そこの女の子、後ろに並ぶんだ。
 みんな順番に並んでいるんだ。後ろへ行け。
リリアーナ まあまあ、この子はわたしの知り合いなんです。大目にみてやってください。
 ばかやろう、おまえが順番に並べっていうから並んでいるんだ。
 ねえ、早くしてよ。
リリアーナ 好きなものを取っておいで。お金はみんなジジが払ってくれるから。話はそのときに。

 モモは食べものを選んで並ぶ。やっとレジにたどりつく。

モモ ジジはどうして来なくなったの?
リリアーナ 仕事が忙しくてひまがないの。それに円形劇場に行ったってなんにもならないからね。
 おい先頭、なにをしてる?
モモ ジジの家はどこ?
リリアーナ グリーン・ヒルの高級住宅地に住んでるらしいよ。
 ぐずぐずするな、早くしろ。
 いつまで待たせるんだよ。
モモ ベッポは?
リリアーナ ベッポはずっとあんたを待ってた。だけど、警察に行っちゃあ灰色の男の話をしていたから、とうとう病院に入れられてしまった。
モモ 病院?
リリアーナ 精神病院。でも、すぐに出たらしいよ、害がないことがわかって。
モモ で、今はどこにいるの?
リリアーナ さあ、知らないね。
 まったくもう、早くしてよ。
 話なら店が終わってからすればいいでしょ。
リリアーナ モモ、このとおりだから、今日はこのぐらいで勘弁してよ。
モモ もうひとつ、もうひとつだけ。フランコやパオロはどうなったの?
リリアーナ 子どもたちはすっかり変わってしまった。子供はみんな「子供の家」に集められてるんだ。子供だけで好きなことをするのは禁止されたんだよ。
 いつまでしゃべってるの?早くしてよ。
 もう人をなんだと思ってるのよ。
モモ すると、あたしにはもうだれも友だちはいないってわけ?
リリアーナ ねえモモ、いい子だから、また別の日においでよ。「子供の家」に行ってごらん。あそこなら面倒は見てもらえるし、勉強だってできるからね。
モモ (リリアーナを悲しそうに見る)

 モモはレジから離れる。

モモ 食べものはたくさんもらったわ。でも、満足した気持ちにはひとつもなれないの。あのリリアーナじゃ、お花や音楽のことを話してあげられないわ。明日、ジジを探しに行きましょう。ジジならきっとわかってくれる。
カシオペア (甲羅が光る)
モモ ええっ?

第16場 再会そしてほんとうの別れ

 グリーン・ヒルの高級住宅地。庭園に囲まれたジジの屋敷。モモとカシオペアが門の前に座っている。運転手が出てくる。

運転手 おい、ここになんの用だ?
モモ こんにちは。あたし、ジジを待っているの。
運転手 ジジ?
モモ 観光ガイドのジジ。あたしの友だちなの。
運転手 観光ガイドなんか住んでるわけがない。さあ、帰れ。
モモ だって、ジジに会わなくちゃならないもの。

 モモは中へ入ろうとする。

運転手 入っちゃいかん。なんてことするんだこのガキは。さあ、帰れ返れ、ここはおまえなんかの来るところじゃない。

 モモは運転手に突き飛ばされる。三人の秘書が出てくる。

秘書1 なにかあったの?
運転手 この浮浪児が中へ入ろうとしたのです。おおかたタカリかなんかでしょう。
秘書 (運転手に)急いで。
運転手 はい。

 運転手は走り去る。ジジが出てきてモモの前を通り過ぎる。そして立ち止まる。振り返って。

ジジ ・・・・・・モモ?
モモ ・・・・・・
ジジ モモ!
モモ ジジ!

 モモは飛び起きて走りよる。

ジジ やっぱりモモだ。まちがいなくモモだ。いったいどこへ行ってたんだい?もう会えないかと思ってたよ。モモ、話すことが山ほどあるんだ。なにしろこの一年の間、ぼくの生活はまるっきり変わってしまったからね。きみはどうだ?さあ、話してくれよ。ベッポはどうしてる?もうずっと会ってないんだ、子どもたちは?あのころのことをよく想いだすんだ。あのころはよかった。
秘書2 だれですの、この子?
ジジ モモだよ、ぼくの昔馴染みのモモだよ。
秘書2 すると、ほんとうにいたんですね?
秘書3 空想の子だとばかり思ってましたわ。
秘書1 すぐにマスコミに連絡しましょう。
秘書2 「物語作家ジロラモ、おとぎ話の王女と再会」みんな飛びつくわ。
秘書3 すぐ手配します。
ジジ (携帯電話を取って) やめてくれ!
秘書1 あなた、テレビに出たいでしょ。今の子はみんなテレビに出たいものね。
ジジ この子には手を出さないでくれ。
秘書2 じゃ、早く行きましょう。飛行機に乗り遅れます。
ジジ ああ、せっかくモモと会えたのに、落ち着いて話すこともできない。モモ、ご覧のとおり、この連中ときたら、ぼくを年中追い立てるんだ。息つくひまもない。
秘書2 (ムッとして)私たちは仕事だからやってるんです。
秘書3 私たちがいなかったら、先生はスケジュールをこなせません。
ジジ わかった、わかった。ぼくが悪かったよ。
秘書1 そうだ、この子先生の映画に出したら?浮浪児物語の主役にぴったりよ。
秘書2 それどころか、観客動員まちがいなし。だって、モモがモモの役をするんですもの。
ジジ 言っただろう、この子には手を出すなって。
秘書3 どうしてです?こんなチャンスはめったにありません。秘書1 ほかの人ならすぐ飛びつくのに。
ジジ ぼくはほかのやつとは違うんだ。ごめんね、モモ。こんな女たちにきみまで利用されるなんて、ぼくには耐えられない。

 ジジは頭をかかえてうめき、薬を取り出して飲む。

ジジ ・・・・・・(秘書たちに)許してくれ、きみたちのことを言ったんじゃないんだ。頭がどうかしてたんだ。
秘書2 仕方がありません。だれだって変なんですもの。
秘書3 最後にひとつだけ。せめてこの子にインタビューを。
ジジ いいかげんにしろ。ぼくは今、モモと話がしたいんだ。なんべん言ったらわかるんだ。
秘書1 でも、先生はいつもおっしゃってるんじゃありませんか?もっと効果のある宣伝をしろって。
ジジ それはそのとおりだ。でも、今はよしてくれ。いまはだめだ。
秘書1 じゃ、あとにします。
ジジ だめだ、今もあとも絶対にだめだ。なあ、お願いだから黙っててくれ。ぼくはモモと話があるんだ。
秘書1 言っておきますが、これはあなたの問題で、わたしの問題ではありません。こんなチャンスをみすみす見逃すほど、けっこうなご身分かどうか、よくお考えになってください。
ジジ そりゃ、そんな身分じゃないさ。でも、モモを引っ張り込むのだけはやめてくれ。お願いだ、五分、五分、五分でいいから、ぼくたちの邪魔をしないでくれ!

 秘書たちは黙る。

ジジ ・・・・・・モモ、これでわかっただろう、ぼくがどんな人間になってしまったか。(自嘲の笑いで)戻りたくても、もう戻れない。ぼくはもうおしまいだ・・・・・・・憶えているかい・・・・・・「ジジはいつまでもジジだ」そう言ってたね。でも、ジジはジジではなくなってしまったんだ。モモ、人生でいちばん危険なことは、かなえられるはずのない夢が、かなえられてしまうことなんだよ。ぼくにはもう夢が残っていない。きみたちのところに帰っても、もう夢はとり返せないだろうよ。
モモ ・・・・・・・
ジジ (暗い目つきで遠くを見て)今ぼくにできることは・・・・・・それは、口を閉ざすこと。もうなにも物語らないこと。残りの人生をずっとか、それともすっかり忘れられて、無名の貧しい男に果てるまで、黙っていることだろうね。だが、夢もなしに貧乏でいるのはいやだ。モモ、それじゃ地獄だよ。だからぼくは、今のままのほうがいいんだ。

 ジジはモモにかがみこむ。じっと見る。涙が流れる。

ジジ モモ、ぼくと一緒にいてくれ。今度の旅行にも、これから先どこにでもきみを連れてゆくよ。ぼくの素敵な家に住んで、ぼくの話を聞いてくれるだけでいいんだよ。そしたらぼくもまた、むかしみたいにほんとうの物語を考え出せるようになるかもしれない。お願いだモモ、ぼくの力になってくれ。

 モモの目にも涙が溢れる。モモははっきりと首を横に振る。
 
ジジ ・・・・・・

ジジは地面にがっくりひざをつく。秘書たちが助け起こして連れてゆく。

モモ 帰りましょう、カシオペア。

   カメはいない。

モモ カシオペア、どこにいるの?

どこにもいない。

モモ カシオペア!・・・・・・・カシオペア!・・・・・・・

 モモはカシオペアを探す。

第17場 大きな不安と、もっと大きな勇気

 都会の雑踏。

モモ (前場とつながって) カシオペア!カシオペア!カシオペア!カシオペア、どこにいるの?

 パオロにフランコ、あの懐かしい子どもたちが出てくる。みんなすっかり変わり、灰色の制服を着て生気のない顔をしている。

モモ フランコ、フランコじゃない。

 子供たち振り返る。

モモ まあ、パオロもマリアも。すごく探したのよ。これからあたしのとこに来ない?

 子どもたちは一斉に首を横にふる。

モモ じゃ、明日は?それともあさって?

 子どもたちはまた一斉に首を横にふる。

モモ ねえ、ぜひ来てよ。前にはいつも来てたじゃない。
パオロ 前にはね。でも、今はだめだ。
フランコ もうぼくたち、時間を無駄にできないのさ。

 子どもたちは歩きだす。

モモ 時間を無駄に? 前だって無駄になんかしなかったじゃない。どこに行くの?
フランコ 「子どもの家」さ。遊び方を習うんだ。
モモ 遊び方?
パオロ 今日やるのは、パンチカードごっこさ。
マリア すごい集中力がいるけど、とってもためになるのよ。
モモ どういうふうにやるの?
フランコ みんながひとりひとりのパンチカードをつくるんだ。どのカードにも記入事項がいっぱいある。身長とか体重とか年齢とか、まだいっぱい。
パオロ だけど、ほんとうのことを記入しちゃだめなんだ。それじゃやさしくなっちゃうものね。
マリア だから、名前のかわりに記号を使うの。たとえばMUX763Yってなふうにね。
フランコ 記入がすんだら、全部のカードをよくまぜて、カードボックスに入れる。そして、そこから前もって決めておいたカードを探しだすんだ。
パオロ 質問しながら、いらないカードをのけていって、最後に一枚、目的のカードが残るようにしなくちゃいけないんだ。
マリア これをいちばん早くやった人が勝ち。
モモ そんなことがおもしろいの?
マリア おもしろいかなんか問題じゃないの。それは口にしちゃいけないことなの。
モモ じゃ、なにが問題なの?
パオロ 将来の役に立つってことさ。じゃあね、モモ。

 子どもたちは再び歩きだす。

モモ あたし、あなたたちに話したいことがたくさんあったのに。
マリア (悲しそうに)また会えるわよ。
フランコ あのころは楽しかったな。
パオロ じぶんたちでいろんな遊びを考えだしたもんな。
フランコ でも、それじゃなんのたしにもならないって言われるんだ。
モモ じゃ、逃げてきたら?
フランコ 何回もやってみたさ。だけどすぐに捕まってしまうんだ。
マリア そんな言い方するもんじゃないわ。あたしたち面倒見てもらってるのよ。

 子どもたちはどんどん歩いて去る。

モモ (決心して) いいわ、あたしも行く。一緒に連れてって。

 モモがついて行くと、突然灰色の男に制止される。

灰色の男 無駄だよ。
灰色の男 おまえに入ってこられては困るからな。
灰色の男 われわれはおまえから友だちをみんな取り上げた。
灰色の男 もうおまえを助けてくれるやつは、ひとりもいない。
灰色の男 おまえはひとりぼっちだ。
灰色の男 おまえひとりじゃいくら時間があってもなんにもならない。
灰色の男 辛いだけだ。
灰色の男 その辛さに、いつか耐えきれなくなるときがくる。
灰色の男 明日か、一週間先か、一年先か。
灰色の男 いつだって同じことだ。われわれは、ただ待っていればいいのだからな。
灰色の男 どうだ、助けてほしくないか?
モモ (歯をくいしばって首をふる)

 灰色の男たち、ざわめく。

灰色の男 こいつは、時間のなんたるかを知っているんだ。
灰色の男 おまえは友だちが好きだ。
モモ (うなずく)
灰色の男 取り返したいだろう?
モモ (うなずく)
灰色の男 じゃあ取引だ。
モモ ・・・・・・?
灰色の男 マイスター・ホラを知っているか?
モモ (うなずく)

 灰色の男たち、「やはりそうだったか」と、ざわめく。

灰色の男 実はわれわれもホラに会いたい。だが、行く道がわからない。だから、おまえに案内してもらいたい。案内してくれたら、友だちはみんな返してやる。
モモ ホラに会ってどうするの?
灰色の男 会いたいだけだ。
モモ ・・・・・・
灰色の男 それだけだ。

 モモは黙って灰色の男たちの反応を待つ。灰色の男たちは苛立つ。

灰色の男 わからないやつだな。われわれは彼に指一本ふれやしない。
モモ ・・・・・・
灰色の男 われわれは嫌になったんだ。ひとりひとりの人間から一秒、一分、一時間とちびちび時間をかき集めるのはな。すべての人間の時間をそっくりそのままもらいたいんだ。
モモ そっくりそのまま? すると、人間はどうなるの?
灰色の男 人間なんてものは、もうとっくの昔からいらないんだ。この世界を人間が住めないようにしてしまったのは、人間自身じゃないか。今度はわれわれがこの世界を支配する。
モモ ・・・・・・
灰色の男 だけど、おまえとおまえの友だちは別だ。おまえたちは、遊んだり、物語を語ったりする最後の人間でいればいい。
モモ ・・・・・・
灰色の男 ここまで話したんだ。約束は守る。だから、ホラのところに案内してくれ。
モモ たとえできたって、案内はしないわ。
灰色の男 できたって?それはどういう意味だ?おまえはホラのところへ行ったんだろう?
モモ 行ったわ、行ったけど、カシオペアが案内してくれたの。
灰色の男 カシオペア?なんだそれは?
モモ カメよ、マイスター・ホラのカメさん。
灰色の男 カメだと?
モモ ええ、あたし一緒に帰ってきた。でも、はぐれちゃったの。
灰色の男 そうか。緊急指令だ。カメだ、カメを探せ。カメというカメを探しだし、カシオペアというカメを見つけるんだ。必ず、必ずだぞ。

 灰色の男たちは四方八方に散る。

モモ あたし、どうしてしゃべってしまったのかしら。ごめんなさい、カシオペア。

 カシペア出てくる。

モモ カシオペア、よかった。いや、よくないわ。

 モモはカシオペアをスカートの中に隠す。灰色の男をうかがう。カシオペアはもがく。

モモ お願い、おとなしくしてて。
カシオペア (甲羅が光る)
モモ えっ? ナゼ、コンナランボウヲ・・・・・・見つかるといけないのよ。
カシオペア (甲羅が光る)
モモ アエテ、ウレシクナイノ・・・・・・うれしいわよ、うれしいに決まってるじゃない。(抱きしめる)ねえカシオペア、これからどうしたらいい?
カシオペア (甲羅が光る)
モモ ホラノトコニ、イキマショウ・・・・・・今?灰色の男たちがおまえを捜してるのよ。ここを動かないほうがりこうじゃない?
カシオペア (甲羅が光る)
モモ イクコトニナッテマス・・・・・・ダレニモアイマセン・・・・・・・そうなの、じゃ行くわ。でも、おまえをおんぶしていっちゃいけない? そのほうが早いもの。
カシオペア (甲羅が光る)
モモ イケマセン・・・・・・どうして?
カシオペア (甲羅が光る)
モモ ミチハ、ワタシノナカニアリマス・・・・・・まあ!

 カシオペアは歩きだす。モモはゆっくりついて行く。その時、灰色の男たちが出てくる。盗み聞きをしていたのだ。一人が捕まえに行こうとするのを。

灰色の男 待て! 捕まえることはない。後をつけよう。そうすれば自然とホラのところへたどりつく。
灰色の男 (笑う)
灰色の男 みんなに知らせてこい。カメは見つけた。今、ホラのところへ向かっている。至急われわれのほうに加われと。
灰色の男 わかりました。

 一人去る。ほかの者はモモについて行く。照明ゆっくり暗くなって、ふたたび明るくなると、そこは一幕最終場の「時間の境界線」の場所。

モモ カシオペア、あたしもうへとへと。お願いだからもうちょっと早く歩けない?
カシオペア (甲羅が光る)
モモ オソイホド、ハヤイ・・・・・・そうなの。

 モモはなおゆっくり歩く。その後を追って灰色の男たち。モモは時間の境界線を超える。灰色の男たちもなんなく超えていく。驚きの声で。

灰色の男 通れる!通れるじゃないか!
灰色の男 どうしてだ?どうして時間の境界線を超えることができるんだ。
灰色の男 (先頭集団の一人)ゆっくり歩け。追いつこうとするな。
灰色の男 モモのようにゆっくり歩け。
灰色の男 ゆっくり歩けば歩くほど早く進める。
灰色の男 そうか、ゆっくり歩けば通れるのか。おい、ゆっくりだ。
灰色の男 わかった。おい、ゆっくりだ。

 この「ゆっくり」という言葉が灰色の男から男へと伝染していく。灰色の男たちは勝ち誇ったような不気味な「ゆっくり」の大合唱でモモについて行く。

第18場 包囲のなかでの決意

 カメに連れられてモモが出てくる。

モモ サカサマコウジ。よかった。もう少し、もう少しだわ。

 モモは後ろ向きになる。その途端、灰色の男たちの無数の行列を見る。

モモ あっ!助けて、カシオペア、は、は、はい色の男たち・・・・・・

 灰色の男たちはなだれこむ。その途端、灰色の男は消えてしまう。

灰色の男 た、た、助けてくれ。
灰色の男 ど、どうした?

 助けようとした男も消えてしまう。

灰色の男 ああっ!
灰色の男 だめだ。この先は行けない。
灰色の男 ちくしょう、もう一歩のところで取り逃がしてしまった。

 照明が入れ替わって、ホラの部屋。モモが駆け込んでくる。

モモ た、たいへん、は、はい色の男たちです。

 ホラが出てきて。

ホラ 心配しないで、大丈夫だよモモ。彼らは絶対にここへは入ってこれない。
モモ 入ってこれない?
ホラ おまえも見たように、彼らは「サカサマコウジ」に入ったとたん、消えてしまう。
モモ どうして?
ホラ あそこでは、時間が逆さまに流れているからだ。ふつう、時間はおまえの中に入っていく。それがどんどんたまっていくから、おまえは年をとるんだ。だけど、「サカサマコウジ」では、時間はおまえの中から出ていく。時間が出ていくから、おまえは若返るんだ。でも、そうたくさんじゃない。あそこを通り抜けるために使ったぶんの時間だけ若くなるんだ。
モモ (驚いて) へえ。
ホラ ところが、灰色の男はちがう。彼らは盗んだ時間でできているから、その時間が外へ出ていけば、なにもかもなくなってしまうんだ。
モモ なら、時間ほ全部逆さまにしたら?そうすれば、人間は若返るけど、時間泥棒はみんな消えてしまうでしょう?
ホラ (笑って) それはできないんだ。時間のふたつの流れは互いにつり合いを保っている。一方を止めれば、もう一方も消えてしまい、時間そのものがなくなってしまうんだ。ということは、つまり・・・・・・

 ホラは考え込んで、部屋を行ったり来たりする。

ホラ おまえの今の言葉でいい考えがうかんだよ。モモ、これを見てごらん。(例のめがねをモモにかける)
モモ 灰色の男たち。

 モモの台詞とともに、「どこにもない家」を取り囲んでいる灰色の男たちが見える。葉巻の煙が立ち込めている。

ホラ 彼らはここへ入ることもできなければ、わたしに手を出すこともできない。しかし、ああやってわたしが送る時間に毒を入れることはできるんだ。
モモ 時間に毒を入れる?
ホラ あの葉巻の煙だ。彼らのうちであの葉巻を持っていない者を見たことがあるかい? ないだろう。あの葉巻なしでは彼らは生きていけないのだよ。
モモ あの葉巻はなんなの?
ホラ 時間の花をおぼえているね。人間はひとりひとり、ああいう時間の花を持っている。ところが、人間が心の中に灰色の男を入りこませると、彼らは時間の花をどんどん奪ってしまう。しかし、奪われた時間の花は、ほんとうに過ぎ去った時間ではないから、死ぬことができない。そこで花は全力をふりしぼって持ち主のところに帰ろうとする。帰られたら灰色の男は困るだろう。だから、冷気をふきつけてカチカチに凍らせて貯蔵庫にしまっておくんだ。
モモ (怒りに燃え立つ)
ホラ 貯蔵庫から凍らせた花びらを何枚か取り出して葉巻をつくる。でも、この花びらはまだ死んでいない。生きた花ではからだに受けつけないから、葉巻に火をつけてふかすのだ。こうして煙になってはじめて時間は完全に死ぬ。彼らは人間の死んだ時間で命をつないでいるのだよ。
モモ まあ、そんなにたくさんの死んだ時間が・・・・・・
ホラ そうだよ、あの煙は死んだ時間からできている。まだこの家を全部おおっていないから、わたしは人間に純粋な時間を送れる。しかし、全部をおおってしまったら、わたしが送る時間には灰色の男たちの死んだ時間が混じってしまうんだ。
モモ 混じるとどうなるの?
ホラ 病気になってしまう。
モモ 病気?
ホラ はじめは気づかないが、ある日、急になにもする気がなくなってしまう。何事にも関心がなくなり、怒ることも、喜ぶことも、悲しむことも、笑うことも、泣くこともできなくなり、もうだれも愛することができなくなってしまうんだ。
モモ 恐ろしい病気ね。
ホラ だから彼らは、人間を病気にさせるのが嫌なら、すべての時間を渡せとわたしを脅迫しているんだ。わたしは今まで、人間が自分の力でこの悪霊を退治してくれるのを待っていた。しかし、いくら待ってもできない。もう手を打つしかない。だがこれは人間にしかできないのだ。
モモ 人間にしかできない?
ホラ そう。だからおまえに頼むのだが、モモ、やってくれるかね?
モモ (息をのんで)はい。
ホラ とても危険な仕事だ。わたしはなにもしてやれない。それでもやる勇気はあるかね?
モモ (決然と) はい。
ホラ そうか、ならわたしの話をようくお聞き。
モモ はい。
ホラ わたしは眠るということをしない。わたしが眠ったりすれば、時間が止まってしまうからね。しかし、時間が止まれば、灰色の男たちも時間を盗めなくなるわけだ。
モモ (うなずく)
ホラ むろん彼らには大量の蓄えがあるから、しばらくは生きていられるが、それがなくなれば消えてしまう。
モモ (うなずく)
ホラ ところが、困ることがある。
モモ ・・・・・・・
ホラ 時間を止めると、わたしも二度と眠りから覚めることはできなくなるんだ。
モモ まあ!
ホラ そうなってはいけないから、おまえにこの一輪の「時間の花」を渡しておく。この花を持っていれば、世界が静止しても、おまえだけは自由に動くことができる。しかし、花の命は一時間しかない。おまえは、これからわたしが話すことを一時間でしなければならない。いいね?
モモ はい。
ホラ わたしが眠り、時間が止まると、灰色の男たちは人間の時間を盗めなくなったことに気づき、時間を補給しに貯蔵庫にかけつけるだろう。おまえはその後をつけ、灰色の男たちが時間を取り出せないように、その貯蔵庫のドアを閉めるんだ。そうして彼らがすべて消えてしまったら、またドアを開け、盗まれた「時間の花」を解放してやるのだ。そうすれば、「時間の花」はそれぞれ元の人間のところに帰っていく。帰っていってはじめて、世界はふたたび動き出し、わたしも眠りから覚めることができる。モモ、これらのことをすべてやるのに、おまえにはわずか一時間の時間しかない。しかも、成功しなかったら、世界は終わりだ。モモ、それでもやってみるかね?
モモ (呆然として)・・・・・・・
カシオペア (甲羅が光る)
モモ ワタシモ、イッショニイキマス・・・・・・(カシオペアにうなずいてからホラに) やってみます。カシオペアも「時間の花」がもらえるの?
ホラ カシオペアにはいらない。時間の圏外で生きているからね。
モモ わかったわ。
ホラ じゃ、モモ、わたしは行くよ。
モモ はい。
ホラ ああ、それから、わたしがいなくなったら、入り口のドアを開けなさい。時間が止まったら、開けられなくなるからね。

 ホラは去る。モモは永遠の別れのような気がして叫ぶ。

モモ ホラ! もう会えないの?
ホラ (振り返って) いつかまた会えるよ。それまでは、おまえの人生の一時間、一時間が、わたしのおまえへのあいさつだ。わたしたちはいつまでも友だちだものね。
モモ ええ、そうよ。ホラ!
ホラ なんだい?
モモ (万感の思いを込めて) ありがとう。

 ホラは満足して去る。それと共に時計の音が次第に大きくなる。モモは急いでドアを開けて、部屋にもどる。時間が止まった。

モモ 止まったのね、時間が。
カシオペア (うなずく)
モモ (用心深く歩いてから)ホラの言ったとおり。動けるわ。(置時計を持ち上げようとして) うーん、どんなに持ち上げようとしても、ビクともしないわ。あの時計はどうかしら?
カシオペア (甲羅が光る)
モモ えっ、なに?ジカンヲ、ムダニシテル・・・・・・いけない、こんなことしてるひまわないわ。急がなくちゃ。

 モモはドアの方に行く。

モモ は、はい色の男たちがこっちにくる。どうして? 貯蔵庫に行くはずじゃなかったの。

 モモは隠れる。灰色の男たちが入ってくる。

灰色の男 ほう、ここがわれわれの新しい住みかか。
灰色の男 モモがドアを開けてくれたんだな。
灰色の男 どうやってホラをまるめこんだんだ。
灰色の男 こうなったら、ホラを片づけるのも簡単だな。
灰色の男 どこに隠れてやがるんだろう。

 灰色の男たちはあたりを捜す。

灰色の男 おかしい、おかしいよ。
灰色の男 なにがおかしい?
灰色の男 時計だ、時計を見ろ。みんな止まってる。
灰色の男 なんだと?
灰色の男 ほんとだ。砂時計の砂が流れかかったまま止まってる。いったいどういうことだ?
灰色の男 くそ! ホラが時間を止めやがったんだ。

 別の灰色の男がやってくる。

灰色の男 たった今、町から知らせがあった。自動車が動かない。なにひとつ動かない。
灰色の男 世界が止まってしまった。人間から一秒だって時間を取ることができなくなった。補給はすっかりとだえたんだ。
灰色の男 補給がとだえた?それじゃ、この葉巻がなくなったらどうなる?
灰色の男 わかりきったことだ。われわれは破滅だ!
灰色の男 ちくしょう、ホラはわれわれを滅ぼす気だ。
灰色の男 ただちに包囲解除だ。時間貯蔵庫にもどろう。
灰色の男 おれの葉巻はあと二十七分しかもたない。
灰色の男 おれのは四十八分だ。
灰色の男 なら、こっちによこせ。
灰色の男 なにをする?気でも狂ったのか。

 灰色の男たちは、われ先に貯蔵庫にかけつけようと、ドアの前に殺到する。取っ組み合い、殴り合い、すさまじいほどの混乱状態で去る。モモが出てきて。

モモ カシオペア、急がなくちゃ。行くわよ。

 モモは決然と去る。

第19場 追手を追う

 町。なにもかもが静止している。赤ん坊を抱き上げている母親。靴の紐を結びかけている人。缶ジュースを飲みかけているひと。交通巡査などがピタリと止まっている。そこを灰色の男たちが必死の形相で走っていく。灰色の男が書類鞄から予備の葉巻を取り出してつけ火をしていると、ほかの灰色の男たちが一斉に襲いかかる。ここで消えてしまうもの、後を追うもの。後をつけてきたモモが出てくる。急に立ち止まる。

モモ ベッポ、ベッポじゃない。ずいぶん探したのよ。どうしてあたしのところへ来てくれなかったの?ああ、ベッポ、大好きなベッポ。

 モモはベッポに飛びつく。だが、ペッポはまるで鉄のようだ。

モモ かわいそうに、こんなに固くなってしまって。

 モモは激しく泣きじゃくる。

カシオペア (甲羅が光る)

 「時間の花」の花びらが一枚散る。そしてもう一枚散る。カシオペアはモモが気づいてくれないので、モモを引っ張る。

モモ (気づいて) いけない、時間がない。ベッポ、行かなくちゃいけないの。待ってて、ここで待っててよ。

 モモはあわてて追いかける。

第20場 時間の花

 灰色の男たちの秘密の部屋。大きな時間貯蔵庫がある。

灰色の男ボス 諸君、貯蔵庫は無尽蔵ではない。節約して使わなければならない。
灰色の男 われわれはもはや、これだけしか残っていない。節約しなくても大丈夫だよ。
灰色の男 これだけの蓄えがあれば、何年でも生きられる。
灰色の男ボス わたしのいう節約がなにを意味するか、諸君にはわからないのか?節約は早いにこしたことはない。この人数では破局を乗り越えることはできない。まだ多すぎる。番号を言え!

 灰色の男たちは順番に番号を言う。ボスはコインを取り出す。

灰色の男ボス これを投げて決める。表が出たら偶数の者が残る、裏が出たら奇数のものが残る。

 ボスはコインをほうり投げる。

灰色の男ボス 表だ。偶数のものが残る。奇数の者は消えてもらおう。

 偶数の灰色の男が奇数の者から葉巻を取り上げる。奇数の者は消えてしまう。

灰色の男ボス では、もう一度同じことをやろう。

 灰色の男たちはざわつく。ボスはコインをほうり投げる。

灰色の男ボス 今度は裏だ。偶数が消えろ。

 こうして六人が残る。

灰色の男ボス 六人か。いやな数字だ。
灰色の男 もういい。これ以上減らしても、なんにもならない。六人でダメなら、三人でもダメだ。
灰色の男ボス なら、六人で生きのびよう。

 灰色の男六人はそれぞれ座る。

灰色の男 まったく不幸中の幸いだったな。時間が止まったときに、この貯蔵庫が閉まっていたら、われわれは全滅だった。
灰色の男 しかし、ドアが開いてるために、冷凍室の温度が上がってしまう。時間の花が溶けて、元の持ち主のところにもどろうとしたら、われわれには防ぎようがない。
灰色の男 すると、われわれの冷気では、貯蔵してある花の温度を保てないというのか?
灰色の男 六人しかいないからな。
灰色の男 すると、われわれはこの先何年もここにじっと座って、お互いを監視するだけか。
灰色の男 まったくやりきれんな。

 カシオペアは足をバタバタする。モモはそれを見る。甲羅が光る。

モモ ドアヲ、シメナサイ・・・・・・そんなこと無理よ、動きっこないじゃない。
カシオペア (甲羅が光る)
モモ ハナデ、ドアニフレナサイ・・・・・・この花でふれると、ドアは動くの?
カシオペア (うなずく)

 モモはすきを狙って。貯蔵庫のドアを花でふれる。すると、ドアは音もなく動いて。バタンとものすごい音をたてて閉まる。その音に灰色の男たちが気づいて。

灰色の男 ド、ドアが?
灰色の男 モモだ。
灰色の男 ちくしょう、ドアを閉めやがったんだ。

 灰色の男たちは一斉にドアへ行き、ドアを開けようとする。

灰色の男 ちくしょう、開かない。
灰色の男 あいつはなぜ動けるんだ?
灰色の男 あれだ。時間の花を持っているんだ。
灰色の男 それでドアを動かせたんだな。この野郎!

 灰色の男はモモに襲いかかる。だが、葉巻を落として消える。モモはカシオペアのところへ逃げる。二人が追うが、一人がカシオペアにつまずいて転ぶ。もう一人もおおいかぶさって倒れる。葉巻が落ちる。二人は消える。三人が残る。一人が葉巻を奪ったので、奪われた男は消える。残った二人はモモをはさみうちにする。モモはおびえて、花を胸に抱く。その時、花びらが一枚散る。花びらは三枚しか残っていない。一人が手をのばすと、ボスが邪魔をする。

灰色の男ボス ダメだ。花はおれのものだ。全部おれのものだ。

 二人はもみあう。ボスが葉巻を落とす。落とされた男は消える。

灰色の男ボス さあ、花をよこすんだ。

 ボスはモモにつめよる。モモは後ずさりする。その時、花びらが一枚散る。花びらはあと二枚。ボスの葉巻もあとわずか。

灰色の男ボス 頼む、いい子だから頼む。その花をくれ。
モモ (首をふる)
灰色の男ボス わからないやつだな。くれというのがわからないのか。

 ボスはモモに猛然と襲いかかる。モモはするりと身をかわす。葉巻が転がる。ボスは必死でとろうとするが、取れない。消える。モモはほっとする。その時、花びらが一枚散る。

モモ あっ。

 カシオペアは甲羅を光らせてモモに近づく。モモは甲羅を見る。全速力で走って行って、貯蔵庫のドアに最後のひとひらでふれる。ドアはゆっくり開いていく。「時間の花」の音楽。しばらくして、中から時間の花がひとひら、ふたひらと飛んでゆく。だんだん多くなって、やがて渦をまいて飛んでゆく。まるで春の嵐のようである。唖然と見ていたモモはカシオペアに万感の思いを込めて言う。

モモ カシオペア、氷がとけて、花が飛んでゆく!時間の花が飛んでゆく。人間の心の中に帰っていくわ!

 「時間の花」の音楽高まる。音楽は次の場まで流れる。

第21場 おわり、そして新しいはじまり

 円形劇場。この物語の登場人物たちが静止している。「時間の花」が雪のように舞い降りてくる。人々は花びらにふれた瞬間によみがえり、動きだす。ダリアが、フージーが、リリアーナが、ジジが、ベッポが、そして子どもたちが・・・・・・。人々は互いにあいさつをかわして抱き合う。そこへモモが帰ってくる。

モモ みんな!
ベッポ モモ。
ジジ モモ。
子どもたち モモ。
みんな モモ。
ペッポ モモ、どこへ行ってたんだい?ずいぶん探したよ。
モモ ああ、ベッポ、またあなたとお話しができるなんて・・・・・・
ペッポ モモ、時間はたっぷりある。モモの話をゆっくり聞かしてほしいな。
モモ いいわ。でも、その後はベッポのお話よ。それから、ジジも、フージーさんも、フランコもみんなのお話を聞きたいわ。

 その時、カナリアが美しい声で鳴く。

フージー モモ、このカナリアも話したいって言ってるよ。
モモ もちろんよ。もちろん、あなたのお話も聞くわ、カナリアさん。
ジジ モモ、なんだかよくわからないけど、ぼくの心が豊かになったような気がするんだ。なにかが健康になったような気がするんだ。
モモ よかったわ、ジジ。また、いろんなお話をして?

 みんなは歓喜のうちに再会を喜び合う。語り手が出てくる。

語り手 再会の喜びはつきることがありません。心が豊かになり、人間としての何かが健康になったのは、ジジばかりではありません。みんながそうでした。しかしモモは、時間の国へ行ってホラに会ったこと、時間の花を見たことは、モモの友だちにしかしゃべりませんでした。ほかの人には信じてもらえないと思ったからです。

 語り手はゆっくり去る。モモと友だちは石段に腰かけて星空を眺めている。モモが話した時間の花にじっと思いをひそめている。ふたたび、「時間の花」の音楽が流れる。それは、ひそやかな、けれどもとても壮大な、心にしみいる音楽である。荘厳な静けさにひたすら聞き入るみんなをけっして邪魔しないように、幕が静かにゆっくり下りてくる。
『モモ』完結
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